Kip学伸のブログ



秋田県が全国学力テストで1位の理由! 数字の裏側

カテゴリー:ブログ2026.09.27

こんにちは。全国の公立小中学校で毎年全国学力・学習状況調査テストが実施されているのをご存じの方も多いでしょう。そして、その全国学力テストで「秋田県が全国一位」だということをご存じの方も多いとおも思います。「秋田すごい!」と思う反面、「なぜ秋田県が?」という疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。しかも、一年だけ「全国一位」というのであれば、偶然もありうるかもしれませんが、長年トップクラスの成績を収め続けています。当然、偶然でそういうことは起こりません。「秋田に学べ」と、全国の教育関係者が視察に訪れるほどの話題になっていますが、その実態を掘り下げていくと、単純な「秋田の教育は素晴らしい」という話では終わらない、もう少し複雑な構図が見えてきます。

まず数字の確認――秋田県、13年連続トップという「表の顔」

秋田県は、2007年に始まった全国学力・学習状況調査で、初回から今日に至るまで13年連続でトップクラスの成績を維持しています。小学校・中学校ともに、国語・算数(数学)でほぼ上位3位以内に入り続けているというのは、他に類を見ない記録です(出典:ダイヤモンド編集部「秋田県の子どもの学力が『13年間連続トップクラス』なワケ」)。2019年度の調査でも、小学校の国語で1位、中学校の国語でも1位という結果でした(出典:東洋経済オンライン「秋田県『全国学力テスト』成績上位常連のなぜ」)。

秋田県教育委員会は「秋田わか杉っ子 学びの十か条」を掲げ、その第一条に「早寝早起き朝ごはんに家庭学習」を据えています。県内のほぼ全校で実施されている「家庭学習ノート」では、自主学習の内容を毎日2ページ以上記録して提出することが義務付けられており、提出しない場合は放課後に居残りをして完成させなければなりません(出典:家庭教師のノーバス、学習塾カレッジ塾長エッセイブログ)。こうした徹底した習慣づけが、平均点を押し上げる土台になっているとされています。

 大学進学率・共通テスト平均点は下位クラスという「裏の顔」

ところが、この「表の顔」だけを見ていると、見落としてしまう事実があります。秋田県の大学進学率は39.4%で、全国でも下から4番目という低い水準にあります(出典:マナビバ「地方の大学進学率が低い理由とは?」)。また、模試事業者が集計した都道府県別の平均点データによると、大学入学共通テスト(旧センター試験)の秋田県の平均点も35位前後にとどまり、大学進学率の順位とほぼ一致しているという指摘があります(出典:「学力テスト1位の秋田 大学進学率は低迷について考える」)。

ある学習塾主宰者は、「中学時代の学力テストで1〜2位に君臨していた秋田県が、4年後の大学等進学率では34位になり、日本一の転落幅を記録している」と指摘しています(出典:学習塾カレッジ塾長エッセイブログ「なぜ秋田は転落し福井は生き残るのか」)。小中学校では全国トップクラスだったはずの子どもたちが、高校・大学進学の段階になると、その優位性を失ってしまう。教育社会学ではこうした現象を「ふきこぼれ」と呼ぶことがあります。学力テストで測られる力と、大学受験で問われる力の間に、何かしらのズレがあるのではないか、という疑問が浮かんできます。

核心――7割超の教員が認めた「事前対策」の実態

ここで、今回の話の核心とも言える事実に触れます。2022年、石川県で全国学力テストの「事前対策」が行われていたことがNHKニュースで報じられました。この報道をきっかけに県教職員組合が行った調査では、石川県と並んで全国トップクラスの成績を誇る秋田県でも、7割を超える教員が「事前対策」をしていたと回答したことが明らかになっています。しかもその内容は、過去問を解かせるだけにとどまらず、教員が自らオリジナルの類似問題を作成してまで対策を行っていたケースもあったとされています(出典:学力再生工房AQURAS「全国学力テストで7割超える教員が事前対策をしていたと回答…」、元はNHKニュース2022年10月14日配信)。

こうした構造は、今に始まったことではないようです。2008年の報道でも、成績の悪かった学校の校長が教育委員会に呼び出され、教員が始末書を書かされたという事例や、テスト対策として直前に類似問題を繰り返しやらせた学校・教育委員会があったことが指摘されています(出典:しんぶん赤旗「全国学力テスト実施/“序列化、競争激化”批判も」)。  文部科学省は、全国学力テストの目的をあくまで「実態を把握し、指導改善につなげること」だとしていますが、現場では結果そのものが目的化し、学校や教育委員会が成果を競う構図が、テストの開始当初から続いてきたとみられます。

つまり、秋田県の「学力テスト1位」という結果には、家庭学習の習慣づけや探究型授業といった教育的な取り組みだけでなく、テストという特定の形式・出題傾向に照準を合わせた対策という側面も、一定程度含まれている可能性が高いと言えそうです。

それでも残る疑問

  ――経済的要因・県民性という、対策だけでは説明できない部分

ただし、これですべてが説明できるわけでもありません。大学進学率の低さについては、経済的な要因も指摘されています。子を持つ45〜54歳の親の年収の中央値は、東京都が約700万円であるのに対し、秋田県は約450万円というデータがあります(出典:マナビバ)。親世代に大卒者が少なく、地元の求人が大卒者にこだわらない土地柄であるため、子ども自身が大学進学の意義を見出しにくいという指摘もあります(出典:PRESIDENT Online「なぜ、秋田は学力テスト1位なのに、進学率が低いのか?」)。さらに、「競争より横並びが大事」という県民性が、小中学校段階での成績の底上げには効果的に働く一方、大学受験のような個人単位の競争の場面では不利に働くのではないか、という見方もあります(同上)。

つまり、秋田県の「学力テスト1位」という現象は、単一の理由では説明できません。事前対策という制度的な側面、家庭学習の習慣づけという教育的な側面、そして経済状況や県民性という社会的な側面が絡み合った結果として、「小中では全国トップ、しかし大学進学では下位」という、一見矛盾した状況が生まれていると考えるのが実態に近そうです。全国から「秋田に学べ」と視察が相次ぐ一方で、当の秋田県内の教育関係者自身が「秋田を見習って大丈夫なのか」と疑問を呈しているという指摘もあります(出典:「学力テスト1位の秋田 大学進学率は低迷について考える」)。この温度差自体が、この問題の複雑さを物語っていると言えるでしょう。

 

中学受験率が全国2位の高知県! なぜ?

カテゴリー:ブログ2026.09.20

これまで、東京や大阪・兵庫といった大都市圏の中学受験事情を中心に見てきました。今回はその中で、多くの人が意外に思うであろう県を取り上げます。高知県です。「地方」「田舎」というイメージが強い高知県ですが、実は中学受験率で見ると、都道府県別で、全国で東京都に次ぐ2位という、驚くべき位置にあります。今日はその理由を掘り下げていきます。

 

まず数字の確認――高知県、全国2位という事実

文部科学省の学校基本調査を基にした集計によると、国立・私立中学に通う生徒の割合(中学生100人あたり)は、全国平均が8.64人です。1位の東京都は26.65人と突出していますが、2位につけているのが高知県で20.89人。3位の奈良県(14.42人)や4位の京都府(14.39人)を大きく引き離しています(出典:とどラン「都道府県別国立・私立中学生徒数」、文部科学省学校基本調査)。別の年度・別の算出方法による調査でも、高知県の私立中学通学率は17.87%で全国2位という結果が出ており、複数のデータで同じ傾向が確認できます(出典:SBIアルヒ「高知県民はなぜ『私立中学』を選ぶ?」)。

人口約71万人という、決して大きくはない県が、神奈川県や大阪府、京都府といった大都市圏を上回る中学受験率を記録しているというのは、かなり異例なことです。

 

なぜ高知だけ違うのか

――トップ校が「公立」ではなく「私立」という構造

この現象を理解する鍵は、「その地域のトップ校がどこか」という点にあります。多くの地方都市では、進学実績で最上位に立つのは公立高校です。地元の公立トップ校を目指すのであれば、中学受験をする必要性は薄くなります。

ところが高知県では、この前提が当てはまりません。高知県の大学進学実績トップは、土佐高校・高知学芸高校・土佐塾高校という私立3校が占めており、公立の伝統校である高知追手前高校も、大学合格実績でこれらの私立校には及ばないとされています(出典:朝森教育データバンク「高知県の進学校Map」)。しかも、これらの私立トップ校は高校からの募集人数が少なく、実質的に中学入試が「ハイレベルな高校へ進むための主戦場」になっています。優秀な子どもを上位の高校で学ばせたいと考える家庭ほど、中学受験という選択肢を取らざるを得ない構造になっているのです。

では、なぜ高知県だけ、公立高校がトップの座を私立に譲ることになったのでしょうか。ここには、戦後にまでさかのぼる歴史的な経緯があります。

1950年、高知県は「高校全入制」という制度を導入しました。これは、希望する生徒全員が、事実上無試験で地元の公立高校に入学できるという仕組みです。当時、高知県の高校進学率はおよそ40%にとどまっており、これを引き上げたいという県教育委員会の強い意向が背景にありました(出典:粟津竜智「高校全入制の意義」、伊豆真人「高知における学力問題に関する研究」)。ただし、普通科の場合は地元の高校しか選べず、高知市中央部の生徒は、抽選で3校のいずれかに振り分けられるという仕組みでした。

この制度は1960年代に撤廃されましたが、その間に公立高校からは選抜性が失われ、学力優秀で経済的に余裕のある家庭の子どもは私立高校を選ぶという流れが定着しました。制度そのものはなくなっても、「優秀な子は私立に行く」という認識は世代を超えて引き継がれ、現在に至るまで続いていると考えられています。実際、現在も高知県の公立高校の入試倍率は低い水準にあり(2017年度の県全体の平均倍率は0.80倍)、全入制の名残が今も見て取れます。

高知県の受験文化から見えてくるもの

ここまで見てきたように、高知県の中学受験率の高さは、東京や大阪のような「都市部だから」という理由とはまったく異なる背景から生まれています。都市部では、附属校の集中や経済的な余裕、情報インフラの充実が受験率を押し上げていました。一方、高知県では、70年以上前の制度改革が公立高校の選抜性を失わせ、その結果として私立校がトップ校の座を占めるようになったという、歴史的な経緯こそが受験率を押し上げているのです。

なお、高知県の大学進学率自体は52.52%と全国平均を下回っています(出典:SBIアルヒ「高知県民はなぜ『私立中学』を選ぶ?」)。つまり、「中学受験に熱心=大学進学至上主義」という単純な図式でもありません。高知県では、大学進学率の高さよりも、地元でのキャリア形成や、女性が子育て中も働き続ける労働文化(15〜64歳女性の労働力率は72.1%で全国平均67.3%を上回る)といった、独自の価値観が根付いているとも指摘されています。

こうして考えますと、高知県のケースは、「都会は私立、地方は公立」という単純な二分法では説明できない、もう一つの中学受験のかたちを示していると言えそうです。

 

 

上智大学はなぜ「国際系学部乱立」の中でも埋もれなかったのか

カテゴリー:ブログ2026.09.13

こんにちは。以前、中央大学法学部を取り上げて話をした際に、1990年代以降、各大学が次々と国際系学部を新設し、伝統ある学部の相対的な地位が下がっていったという話をしました。法政大学の国際文化学部、明治大学の国際日本学部、立教大学の異文化コミュニケーション学部、青山学院大学の地球社会共生学部・・・。今や「国際系学部」は、どこの大学にもある、いわば当たり前の存在になっています。

では、この「国際系学部ブーム」の中で、本家本元とも言える大学はどうなったのでしょうか。今日はその大学、上智大学について解説していきます。

第1章:上智は「国際系学部の元祖」なのか?

上智大学は1948年に新制大学として発足し、その翌年の1949年、駐留米軍の関係者などを対象とした夜間プログラム「国際部」を開設しました。これが現在の国際教養学部の前身です。なお、現在の外国語学部が独立した学部として設置されたのは1958年のことで、それまでは1955年に文学部の中に設置された外国語学科という位置づけでした。

「国際系学部」というカテゴリー自体に明確な定義があるわけではないので、上智大学を「元祖」と断定するのは難しいところがあります。ただし、大学自身が「日本の国際教育の先駆者」と位置づけているように、他大学が国際系学部を新設し始めた1990年代から2000年代にかけて、上智大学はすでに40年以上、国際教育のノウハウを蓄積していたことは事実です。

第2章:上智は「国際系学部が強い大学」ではない

「国際系の大学」と聞くと、特定の学部だけが目立っているようなイメージを持たれるかもしれません。しかし、上智大学が公式に公表しているデータを見ると、それは正確ではないことが分かります。

上智大学の公式サイトによると、

  • 全科目のうち70%以上が40人以下の少人数授業
  • 全体の約18%にあたる990科目が、外国語のみで行われる授業
  • 開講されている語学科目は22言語
  • 他学部・他学科の科目を履修した経験がある学生の割合は85.9%(2023年度実績)

このように、国際色は特定の学部だけでなく、人文科学系から理工学系まで、大学全体に行き渡っています。「国際系学部が強い大学」ではなく、「国際系ではない学生も含めて、大学全体で外国語・異文化・他学部との交流にアクセスできる大学」というのが実態に近いといえます。その背景には、四谷キャンパスに9学部29学科のすべてが集まる「ワンキャンパス」という構造があります。物理的に学部同士が分かれていないからこそ、他学部の授業を取る、異なる分野の学生と交流する、といったことが自然に起きやすくなっているのです。

第3章:後発大学が真似できなかったもの

法政大学のグローバル教養学部や立教大学の異文化コミュニケーション学部など、後発の国際系学部は、いずれも単独の学部として高い人気を集めています。しかし、これらの大学と上智大学の違いは、「一つの学部を国際化したか」「大学全体を国際化したか」にあります。

上智大学の国際性は、1990年代に突然作られたものではありません。イエズス会という世界的なネットワークを持つ母体のもとで、建学の当初から国際的な教育・交流の思想があり、それが70年以上かけて、少人数教育・ワンキャンパス・22言語の語学教育といった具体的な仕組みとして大学全体に組み込まれてきました。一学部だけを国際化するのと、大学全体の設計として国際化するのとでは、後発の大学が追いつくまでにかかる時間がまったく違います。これが、上智大学が模倣されにくい理由だと考えられます。

第4章:「推薦なら入りやすい」という時代も終わった?

上智大学には、一般選抜以外にも、公募制の推薦入学試験や、カトリック系高校出身者を対象とした「カトリック高等学校対象特別入学試験」といった、独自の入試ルートがあります。これらの特別入試は、以前から入試倍率が低いことで知られており、1.5倍を下回ることも珍しくないとされています。その意味では、今も一般選抜よりは狭き門ではありません。

ただし、「誰でも入りやすい」というわけではなくなってきています。カトリック高等学校対象特別入学試験については、2021年度入試から、それまであった学校指定枠が廃止され、日本カトリック学校連合会に加盟するすべての高校から出願できるようになりました。受験できる高校の対象が広がったことで受験者数が増加し、結果として合格の難易度が上がったとされています。

また、この入試は志望理由書に加えて、小論文や面接、学科によっては学科試験も課されており、「推薦だから学力試験がない」という単純な入試ではありません。

つまり、「以前は一般選抜とは違う選択肢として推薦を利用する受験生もいたが、現在は推薦も決して簡単な入試ではなくなっている」というのが実態です。

第5章:それでも上智は安泰なのか?

もっとも、上智大学が今後も安泰かというと、そうとも言い切れません。早稲田大学国際教養学部、立教大学異文化コミュニケーション学部、明治大学国際日本学部、法政大学グローバル教養学部、青山学院大学地球社会共生学部など、後発の国際系学部は、いずれも独自の強みを打ち出しながら実績を積み上げています。これらの大学が学部単位での実績を積み重ねていけば、上智大学との相対的な位置づけも、今後変わっていく可能性は否定できません。

ここまで見てきたことをまとめると、こうなります。後発の大学は、国際系学部を新設することはできます。しかし、上智大学が持っている「大学全体の国際性」は、一つの学部を作っただけでは再現できません。上智大学が国際系学部乱立の時代でも埋もれなかった最大の理由は、国際系学部を持っているからではなく、大学そのものが70年以上かけて「国際性を前提とした大学」として設計されてきたからではないでしょうか。

そしてこれは、日本大学のケースとも重なる論点です。日本大学の動画で見たように、志願者数という「量」は施策次第で比較的短期間で動かせます。しかし、上智大学の国際性のように、大学の仕組みそのものに組み込まれた「質」は、一朝一夕には作れませんし、簡単には失われません。数字だけを見ていると、大学の本当の強さは見えてこないと言えるでしょう。

 

夏期講習最終日

カテゴリー:お知らせ2026.09.09

本日9月9日(水)が講習最終日となります。

明日10日(木)からが通常授業となりますので、お間違いのないようご注意ください。

お休みのお知らせ

カテゴリー:ブログ2026.09.07

9月8日(火)は塾がお休みとなっております。お間違いのないようご注意ください。

日大は復活した?なぜ「日東駒専」の序列は戻らないのか?

カテゴリー:ブログ2026.09.06

こんにちは。本日は日本大学についての話となります。日大は日本最大規模の大学であり、知名度も抜群です。ただし、ここ10年で考えると、何度かの不祥事があり、人気に陰りが見られる、というのが一般的な見方ではないでしょうか。 一時は減少傾向にあった日本大学の一般選抜志願者数(学部・短期大学部)ですが、2026年度入試で11万2312人となり、11万人台まで回復しました。一見すると、これで日本大学は「完全復活」したように見えます。

ところが、ここで一つ不思議なことがあります。志願者数は戻ったのに、以前とまったく同じ状態に戻ったとは言い切れないのです。いったい何が起きているのでしょうか。今日はそのからくりを、公表されているデータをもとに検証していきます。

第1章:志願者数の推移

最初の転機は、2018年に起きたアメリカンフットボール部の悪質タックル問題でした。試合中の危険なプレーとその後の対応の稚拙さが大きく報じられ、大学のガバナンスに疑問符がつきました。さらに2021年には、当時の理事長が脱税容疑で逮捕される事態に発展します。もっとも、このときは志願者数への影響は限定的で、2021年度9万7948人に対し、2022年度は9万3770人と、大きくは減少しませんでした。

さらに事件は続きます。2023年夏、アメリカンフットボール部員による違法薬物事件が報道されます。同じ部活動での二度目の不祥事という事実が、受験生や保護者に与えた印象は深刻でした。この事件を受けて、志願者数は次のように推移しています(日本大学発表・大学通信オンラインのデータをもとにしています。なお短期大学部を含むかどうかなど集計範囲の違いにより、年度間の数字が完全には接続しない場合があります)。

  • 2021年度 9万7948人
  • 2022年度 9万3770人(理事長逮捕後も大きくは減少せず)
  • 2023年度 約9万9千人
  • 2024年度 7万5839人(薬物事件発覚後、前年度比2万人以上減)
  • 2025年度 9万2506人(前年度比21.5%増、2年ぶりの9万人台回復)
  • 2026年度 11万2312人(前年度比21.4%増、2020年度以来6年ぶりの11万人台)

数字だけを見ると、日本大学は2024年度をどん底に、2年連続で大きく志願者数を伸ばし、不祥事前の水準にほぼ並んだことになります。

第2章:偏差値は、志願者数ほど激しくは動いていない

ここで、志願者数とは別のデータを見てみます。大手予備校・東進ハイスクールの分析(ダイヤモンド編集部の特集記事で紹介されたもの)によると、日東駒専(日本大学・東洋大学・駒澤大学・専修大学)のうち二校に合格した「ダブル(W)合格者」が、実際にどちらへ進学したかを追跡したデータがあります。

この分析によると、日本大学は、かつて日東駒専の中で『筆頭』とされてきた地位を、2019年以降じわじわと東洋大学に明け渡し、直近のダブル合格データでは東洋大学を選ぶ受験生が8〜9割を占めるまでになっている、とのことです。

ただし、この「ダブル合格者の進学先」というデータは、大学全体のブランド力そのものを直接測定したものではなく、あくまで一つの指標です。したがって、「日東駒専の序列そのものが入れ替わった」と断定するより、「少なくともダブル合格者の進学先という指標で見る限り、日本大学より東洋大学を選ぶ受験生が増えた」というくらいの表現が実態に近いといえます。

ここまで志願者数の乱高下を見てきましたが、偏差値についても同じように語れるかというと、そうではありません。日本大学は16学部を抱える大規模校であり、学部・学科ごとに難易度も志願動向も大きく異なります。

そのため「日本大学の偏差値が○○から○○になった」と大学全体を一括りに語るのは、実態を見誤らせる可能性があります。むしろ正確に言えば、日本大学は大学全体の偏差値が大きく動いたというより、学部・学科ごとの志願者数や実質倍率に大きな変化が生じた、と捉えるべきでしょう。

事実、法学部(第一部)は2026年度に前年度比4314人増の1万3765人と、学部単体で突出した志願者増を記録しており、増加分は学部によってかなり偏っています。

日本大学の学務部入学課は、志願者数が11万人台に増えた背景として、ブランドイメージの改善に向けた取り組みや積極的な広報活動、併願割引の適用拡大、外部英語資格試験の導入拡大を挙げています。つまり、この回復は自然に起きたものではなく、大学側の意図的な施策によって押し上げられた面が大きいということです。一方で、前述のダブル合格データで見る限り、日東駒専内で失ったポジションについては、いまだ取り戻せていないと指摘されています。

第3章:「量」は戻っても「質」は別問題

ここまでの流れを整理すると、次のようになります。

不祥事の発生
↓
志願者数の急減(2024年度)
↓
ダブル合格データに見る「日東駒専」内ポジションの陥落
↓
広報施策による志願者数の回復(2025〜2026年度)
↓
それでもダブル合格データ上のポジションは未回復

 

志願者数という「量」の指標は、大学側の施策次第で比較的短期間で回復させることができます。しかし、ダブル合格者の進学先という、受験生が実際に選んだ結果を映す指標には、依然としてズレが残っています。数字が戻ったからといって、大学の評価全体がすぐに元通りになるとは限らない。志願者数の回復とダブル合格データという、性質の異なる二つの指標を並べて見えてくるこのギャップこそ、本日もっともお伝えしたかったことです。