「運を引き寄せる力」上智大学法学部 公募推薦
カテゴリー:志望理由書の書き方2021.12.21
私がkipに入塾したのは出願を一か月後に控えた十月でした。
それまでは、普通の予備校で一般受験の勉強と並行して小論文を見てもらいながら、出願書類は、法律関係の仕事についている父と学校の政治経済の先生の手を借りて作成していました。当時は、法律を知っている人に見てもらいながら書けば、間違いないだろうという安直な考えの下、出願書類の作成を進めていましたが、私が作った書類に違和感を覚えていた母が九月末にkipに問い合わせをし、出願まであまり時間がない中でも見て下さると聞いて入塾しました。
そして入塾した日から、出願書類である自己推薦書、課題レポートの書き直しを始めました。
自己推薦書は、自分の長所・短所や今までの経験などを書き出し、そこから、大学でやりたいことと繋がるものを見つけることから、課題レポートはオープンなテーマに対して、どのような切り口で書くかを決めることから始めました。
自己推薦書は内容を固めるまでに4回、そこに推敲を加えながら7回書き直し、課題レポートは切り口を変えながら7回、方向性を決めてからは25回書き直しました。一つひとつ書き直すごとに大沢先生に添削していただき、話し合いを重ねながら少しずつ大学に提出できるレベルのものに仕上げていきました。
最後の最後まで書き直し、出願締め切り日の前日に33稿目のレポートと12稿目の自己推薦書を提出しました。
そして、出願後は当日の試験に向けての準備を始めました。それまでにもやっていた小論文の演習に加え、kipや学校で面接練習をしてもらいながら、学校の政治経済の先生と一緒に想定問答を作りました。出願書類にまだまだ推敲の余地があった分、出願書類について聞かれたら、それを補えるだけの答えを用意しなくてはという緊張もあり、かなり入念に準備したと思います。その甲斐あって、面接に関しては不安を残さず、当日を迎え、楽しく面接を終えることができました。
面接以上に不安だったのは、小論文でした。新聞を読む習慣もなければ、テレビのニュースさえまともに見ていなかった私は、時事問題に疎く、前提知識を要する出題だった場合、手も足も出ないかもしれないと思っていたからです。そのため、小論文のネタ帳のような本を何週も読んで、どんなに浅くても前提となる知識をつけようとしたり、大沢先生に問題を予想してほしいと頼み、いくつか挙げてもらったテーマについて調べてみたり、直前になってかなり足掻きました。しかし、当日、問題を開いてみると、問一が今までメディアで報道された児童虐待に関する事例・事件の概要を300字程度で書かせる問題で、とても付け焼刃の知識で太刀打ちできるようなものではありませんでした。しかし、幸い、以前に関心を持っていた時期があり、本を読んだり、実際の事件をもとにした映画を見たりしていたこともあったので、ある事件について母親が我が子を虐待するに至るまでの経緯も含め、かなり詳細に書くことができました。今考えても、この小論文の出題は本当に運がよかったのだと思います。
そして、試験の10日後、学校で合否発表を見ました。結果は合格。大沢先生と家族にLINEで連絡し、仲の良い友人と担任の先生、想定問答を一緒に作ってくれた政治経済の先生にすぐに報告しに行きました。まだあまり実感が湧いていない私よりも喜んでくれる先生や友人を見て、運はもちろん、何より人に恵まれたのだと感じました。ずっとそばで応援してくれていた家族や友人、「学校の先生は好きなように使って」と全面的に協力してくれた担任の先生、面接前に毎日、朝・昼・放課後と想定問答を一緒に作ってくれた政治経済の先生、そして何より出願まで残り少ない中で受け入れて下さり、親身になってご指導くださった大沢先生をはじめ、kipの先生方には感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。
上智大学法学部 公募推薦合格!合格の秘策
カテゴリー:合格体験記2021.12.09
さきほど、Yさんから上智大学法学部法学学科への合格通知をもらいましたと報告がありました。公募推薦です。
おめでとうございます!こちらもホッとしております。
Yさんが入塾してきたのは、高3の9月末。公募推薦の書類提出は10月末ですから、正直遅すぎると言えるでしょう。
お母さまからご連絡をいただきときは、その時点からできることは限りがありますとお伝えしました。提出する書類はすべてお父様と一緒に作り上げられており、大学が発した設問に答えてはいるものの、大学が求めているものとはズレがあるものでした。
時間はありません。できることは、限られた時間ですべて書き直すことです。たかが、文章を書き直すだけと思われる方が多いのですが、公募推薦では、
・課題レポート
・自己推薦書
・当日小論文
・面接
などを通して、しっかりと推薦するにふさわしい人物であることをアピールしなければなりませんから、単に文章の添削の話ではないのです。トータルで戦略を立てたうえで、各文章を作り上げていかなければなりません。
最初におこなったのは、自己推薦書の全面的な書き直しです。
将来の夢⇒大学で頑張りたいこと⇒そのために高校時代の活動
こうした軸を中心に、上智大学がどういう大学なのかを話しました。つまり、自分が上智大学とどれだけ合うのかをアピールするのです。
また、同時に課題レポートも進めましたが、こちらのほうでもネタ選びから作り直しをしました。
結果として、完璧と言えるまでには至りませんでしたが、できることはすべて尽くたという状態まではいけました。
入試だけでなく、スポーツの勝敗や人生の成功なども最後の最後のところでは運の要素が強いように思います。「引きが強い」とか「強運」であるとか「運が良い」というような言葉があるのは、そうした人生の経験を反映しているのでしょう。
しかし、一方で冷静に考えてみると、(というより数学的に考えてみると)運というものはすべての人に平等であるはずです。さいころを振って、6が5回連続で出ることはありますが、振る回数が増えれば増えるほど、6が生じる可能性は1/6に近づくのと同じ原理です。要するに、たった一回の勝負事でしたら運の要素が大きくなることはありえても、人生のような多くの分かれ道が生じるものは、運で切り抜けるには複雑すぎるため、運で片づけられるはずがないということです。しかし、それにもかかわらず、長年入試に関わってきますと、運を引き寄せる人がいると感じざるを得ません。
今回上智大学法学部に合格したYさんにもそのような運を感じました。
まず、お母さまが問い合わせをしてきたのが9月下旬でした。書類提出までひと月ほどだったと思います。来られた際に言われたのが、お父さんと一緒に書き上げた課題レポートが「何か違う」と思ったからだというのです。その何かは分からないが、とにかく「何か違和感を覚えるのでプロの人に見てもらいたい」ということでした。面談にお越しいただいて、お話は一通り聞きましたが、基本的にそのような短期間で納得のいく書類が書きあげるのは難しいというのと、その他にも理由があったため、その日のうちに入塾はお受けできないとお断りの電話をしようと考えておりました。ところが、こちらが電話をするより早く、お母さまよりお電話があり、今日からでも入塾したいという旨を伝えられました。こちらが電話をかけようと握った際に、かかってきましたから本当に数秒の差であったと言えます。
塾に来て、初日から公募推薦の書類は全面的に書き直しをしました。
文章で書くとたった一行で済んでしまいますが、お父さんと時間をかけて書いてきた自分の力作を、否定されるのです。しかも初対面の人間に。褒められるわけでないのですから、気持ち良いはずがありません。それからも、毎日こちらが読んで、添削をして書き直しをして・・・の連続です。
そうした日々が続いても、Yさんは大変そうな素振りも見せずに、素直にただ「はい」と言って毎日書き直しを続けました。そうした素直な態度にこちらも心を打たれ、指導にも熱が入っていきました。提出書類には正解はありませんから、どこまで推敲を練るかはすべて自己判断となります。書くのを嫌がったり、ためらう素振りを見せたりすることがあれば、推敲回数も減り、違ったものになったでしょう。そうしたことがなかったため、当初考えていたものよりもは良いものができました。個々の書類はまだ、修正の余地がありましたが、全体像はできたので、勝負の土俵には上がれました。
こうした過程では、受験する人にとっても、指導する人にとっても無数の判断の連続が存在します。あと一回、納得のいくものに少しでも近づけるために、修正するかどうか。提出まであとわずかな日数しかない中で、新しい案をとりあえず、書いてみるかどうか・・・。指導する側が妥協せずに添削をするということは、指導される生徒もそれについてこれる気持ちがないといけません。
結局のところ、どのような態度で入試に臨むのかという根本的な姿勢が問われるのです。日々で見ると少しずつ、しかしいずれはそれが結局大きな違いとなり、最終的には合否という結果につながっていくのだと思います。
そう考えると、一言で運と言っていることは、原因が複雑すぎて言葉で言い切れないために便宜的に言っているにすぎないもので、本当のところは、周りの人をどれだけ味方をできるかという生き方の姿勢ではないかと思えてきます。