Kip学伸のブログ



メリトクラシーとは何か?

カテゴリー:合格体験記2024.02.08

みなさんご存じのように日本には、明治になるまで身分制度がありました。生まれながらに身分があり、その身分によって職業が決まっているという制度です。日本に限らず、近代化以前は、ほとんどの国で見られた制度です。明治とともに近代化が進み、その過程で身分制度が廃止され、その人の能力によって地位が決まっていくようになりました。これをメリトクラシーと言います。もちろん、現代の日本はメリトクラシーと言えます。

 

もともとメリトクラシーというのは、メリット(「業績、功績」)とクラシー(cracy、ギリシャ語で「支配、統治」を意味する。その他クラシーがつく単語としてdemocracy 民主主義 Aristocracy 貴族政治 bureaucracy 官僚政治などがある)を組み合わせた造語です。

 

日本語では、「能力主義」と訳されるのが主流ですが、本来は「功績主義」「業績主義」といったほうが原語に忠実のように思います。

 

この言葉は、イギリスの社会学者マイケル・ヤングによる1958年の著書『Rise of the Meritocracy』から出てきました。

多くの人にとって、メリトクラシーは違和感がないでしょう。生まれ持った身分よりもその人の実力で社会的階層が決まるのであれば、努力のしがいがあるというものです。簡単に言うと、学歴というはしごを登ることができるのがメリトクラシーです。

 

ところで、先ほどのヤングの本で生まれたこの言葉ですが、悪い意味で使われていました。本の内容は、知能指数と努力だけですべてが決まる「メリトクラシー」を採用したディストピア的近未来を舞台とした風刺的なものとなっており、最後には、傲慢で大衆の感情から遊離したエリートたちを大衆が覆すという結末になっていました。つまり、悪い意味で使用されていたのです。

しかし、広く使われるようになるにつれて、「生まれよりも能力を重視して統治者を選ぶシステム」という前向きな意味合いで使われるようになりました。みなさんも、言葉の概念を聞いてこうした意味に聞こえるのではないでしょうか。

 

しかし、努力によって社会的階層が変わるメリトクラシーに問題がないわけではありません

 

能力が評価されると言われるこのメリトクラシーですが、そもそも能力とは何でしょうか?

 

たとえば、一例に学力や学歴が挙げられるでしょう。そもそも、学力や学歴はその人の努力だけによって得られるものなのでしょうか?というのも、与えられる機会が平等であると言えるでしょうか?たとえば、都市部に住んでいる豊かな人と、離島でクラス貧しい人とで同じ教育や文化的恩恵を受けることはできるのでしょうか。生まれながらにある能力はずっと同じであるというより、生まれた環境、育った環境によっても能力が変わってくるのではないかという疑問は当然のように思えます。しかもそれが何世代化に渡ってのこととなれば、その差は大きくなる可能性が拡がります。東大に合格した人の親の年収が高いということを聞いたことがある人も多いと思います。教育にお金をかけられるからだということでしょう。そうすると当然、富める者はその「能力」を身につけ、貧しいものはなかなか能力を身につける機会がなくなっていきます。

ちなみに、このメリトクラシーの究極型がペアレントクラシーと言われています。最近はやった言葉の「親ガチャ」がまさに同じ意味です。親によって子どもの人生が決まってしまうのです。

こうした社会では当然、その差は広がります。

それがここ数十年、先進国で言われる「分断」です。グローバル化が進むことでますます豊かになるグローバルリッチと、貧困の連鎖から抜け出せない人の差が埋まるどころか広がる一方となり、それが社会問題となっているのです。移民の多い欧米では完全にそうした分断が起こっています。日本も今後は無縁ではなくなるでしょう。

 

この「分断」をなくしていくには、メリトクラシーという制度のそのものを見直していかなければなりません。

 

そのためのポイントは「能力とは何か?」ということになると思います。能力というのはその性質上社会的なものです。要するに社会が決めたものだということです。別の側面からいうと社会が認めれば、これまで能力とみなされなかったことでも能力だと認められるということです。

これは「多様性」の一側面です。価値観が同じですと、いきつくところは、その価値観で認められるポジション争いになり、究極的に親までいってしまいます。しかし、認められる価値が無限にあれば、努力や富だけがはしごを登る手段ではなくなるのです。

【合格体験記】上智大学文学部哲学科

カテゴリー:合格体験記2024.01.10

『大沢先生との哲学対話』

 Yさんはお父様と一緒に最初の塾の面談に来ました。上智の哲学科に行って、「神様は存在するのかどうか」ということについて神学の立場ではなく哲学の立場から考えたいと言ったことがとても印象に残っています。入塾当初の彼女の文章力や基本的な哲学知識は正直に言うと、上智に合格できるレベルではありませんでしたが、私自身が学生時代に哲学が好きだったというのもあり、自分の知っていること、考えてきたことを彼女に伝えたいという思いはあり、それを彼女が吸収できれば彼女の希望に沿った形で合格することができると信じていました。

 

彼女の最大の強みは「めげずに書く力」でした。最後のひと月は毎日毎日三千字を超える文を書いては、添削という日々でした。合格への強い信念がなければできるものではありません。小論と面接があった日に彼女は報告に来て、テスト前日まで話していたことが小論のテーマとして出たこと、面接が比較的「圧迫」であったことを聞き、彼女の合格を確信しました。そして、10日ほど後の合格発表の日に、自分の足で合格を伝えに来てくれました。

 

 

私が哲学科に行きたいと思ったのは高校3年生の5月くらいでした。元々一つのことをじっくり考えることが好きな性格でもあり、大学で哲学を学んでみたらきっと楽しいに違いないと思ったことがきっかけです。そこで私は最初、一般受験で哲学科のある大学を受けようと考えました。しかし親が上智大学に哲学科の公募推薦があることを教えてくれたことがきっかけで、自分で上智の公募についての対策塾をインターネットで調べkipを見つけました。そしてkipのサイトに書いてあった上智の公募についての詳細を読んだり、大沢先生が挙げていた上智の公募に関するYouTubeを見たりしていくなかで、本気で上智に行きたいという強い思いを持っていれば上智の公募を目指すことができると考えるようになりました。そこで私も上智の公募を第一志望にして、本気で目指していこうと思いました。

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しかし、私は上智の公募を目指すためにKipに入塾することを決意したものの、ある一つの大きな不安がありました。それは哲学の知識がほとんどないという点です。私は自分の中で考えてみたいと思うテーマを漠然と持っていた一方で、学校で倫理の授業を取っていなかったり、独学で哲学書を読んでいた訳でもなかったりしたため哲学の基礎的な知識に欠けていました。実際、上智の公募で哲学科を目指すためには、4000字の課題レポートを書かないといけなかったり、当日も小論文と面接の試験があったりするため、哲学の知識がある程度頭に入っていないとそれらに対応することができません。ではなぜ私が哲学科を最後まで目指し続け、最後は合格を手にすることができたのか。それは大沢先生がいたからです。

 

振り返るとKipに入塾した高3の6月からの日々は大沢先生との哲学的な対話の積み重ねでした。大沢先生は哲学の知識が豊富でした。そして大沢先生はその哲学の知識をただ私に一方的に教えるのではなく、対話を通して私に考える機会を与えてくれました。たとえば「道徳と倫理の違いって何だと思う?」「自我があるから可能になることってなんだと思う?」「アイデンティティって何によって成り立つものだと思う?」このように今まで気に留めることがなかった沢山の問いを私に投げかけてくれました。そのおかげで私は自分自身で考える思考力と、さらに対話の中で哲学の知識も自然と身につけることができました。また私は、先生の仰っていることで分からない部分があったり、哲学者の考え方で理解することができない部分があったりする場合は、すぐにその場で先生に質問しました。すると先生は私の疑問点がなくなるまで、さらに詳しく説明してくれました。しかし私は先生が詳しく説明してくれてもなお、まだ理解することができないこともあり、自分の中で先生が仰っている意味をしっかりと理解するのに3週間くらいかかったこともありました。そのような中でも先生は、私が完全に理解できるようになるまで私に呆れることなく毎回毎回、具体例を交えて詳しく説明してくれたり、ホワイトボードを使ってわかりやすく一からお話してくれたりしました。さらに先生は私が読んでおいた方がよい哲学の本を紹介してくれたり、先生が持っている哲学書を貸してくれたりしました。どんな時でも私に正面から向き合って、合格へと導いて下さった先生には感謝の気持ちでいっぱいです。

 

大沢先生との対話のおかげで、私は哲学というのは、考え続ける学問だということを発見しました。現に、対話の中で既存の考え方を理解することができたとしても、自分の中で新たな問いが芽生えるため、考えることに終わりはないのです。考え続けることは、時に辛いこともありますが、私にとっては楽しいと思えることの方が多かったです。自分自身で考えるという力を大沢先生の元で培うことができたおかげで、それは当日の小論文と面接の際の大きな自信となりました。どのようなことが問われるのかが予測不可能なため、しっかり答えられなかったらどうしようという不安も勿論ありました。しかし今の自分なら大沢先生と話してきたこと、そして自分自身が考えてきたことをフル活用すれば、どんな問いでも乗り越えていける、と思うことができました。

 

そして迎えた当日の小論文の試験では、なんと大沢先生と長いこと話し合ってきた内容が課題文のテーマであったため、大沢先生との対話を思い出しながら自分の考えを解答用紙にぶつけることができたのです。また面接では想定外の質問が多く、鋭く突っ込まれた場面も沢山ありましたが、自分の哲学に対する思い、上智大学に対する思い、自分が考えてきたことを語ることで無事に乗り切ることができました。

 

Kipはただ受験のテクニックを教えるだけでなく、生きていく上で大切な力、すなわち自分自身で考えていくという力を私に教えてくれた場所であったと思っています。Kipに通っていた約半年間、私は自分の人生についても見つめ直すことができました。「自分は将来どんな人間になりたいのか」「自分の強みは何か」などの自分自身に関することをこんなにも真剣に考えたのは生まれて初めてでした。それを経験できたのは大沢先生、そして小論文対策や面接対策をして下さったKipの先生方のお陰であり、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。Kipで得られた自分自身で考えていく力は哲学という学問のみならず、今後の人生においてもとても大切になってくるものです。大学生活、そしてその先の人生の中には無数の選択肢があり、常に自分自身で決断して、自分の未来を決めていく必要があります。その際、私は自分がどのように生きていけばよいのか、どんな人間になりたいのかを自分自身に問いかけ、自分自身で考え、周りに流されることなく、自分を見失わないで生きていけるような人であり続けたいです。

 

 

 

【合格体験記】上智大学理工学部機能創造理工学科

カテゴリー:合格体験記2024.01.06

「具体的に考えること!」

 上智大学理工学部に合格したK君は、入塾当初大学で何をしたいのか、まったく考えていませんでした。アイデアはいくつか出たものの、調べていくと求めているものと違ったことも一度や二度ではありませんでした。授業の中で話を聞いたり、文を書かせたりしているうちに何となく再エネ関連がいちばんと思うようになったものの、書くべき内容を膨らませるまでは至りません。何かきっかけがほしかったので、風力発電所で、夏休みに見学に行けるところを探すよう指示をして、日立に行ってきました。そこでようやくスタートに立てたと思えました。しかし、光陰矢の如しで夏休みはすぐに終わってしまい、なかなか合格が見える書類にはなりません。また、もともとが理系志望ということもあり、文を書くことも苦手で、書き直しも思うようには進みません。書類提出一月前に、これでは間に合わないと思い、お母さんに相談したうえで最後は通塾回数を増やして、提出書類と面接に備えました。本当にギリギリ間に合ったという感想です。

K君にとっては、想定していたよりも数倍大変だったとは思いますが、合格すればそうしたしんどい思いもすべて良き思い出となるでしょう。超電導のケーブル普及に尽力してください!

 

 

私はこの公募推薦の利用を考え始めたとき、大学がどのような研究をおこなっているのかすら知らなかった。ただ、大学のもつ国際性に惹かれ、憧れがあった程度だった。そんな私でも合格をいただけたのは先生のおかげだ。

この受験に取り組むにあたって最も苦労したことは何を学びたいのかを具体的に決めることだった。当初、風力発電に関して学びたいと考えているとき、大学の主要な研究でないことや具体性の不足によって行き詰まっていた。そんなときに先生が学びたいことを、この課題の一つであった送電に絞ってはどうか、という提言をいただき、私は前進することができたのだ。目標を定めるのであれば、具体的に考えること。そして、具体的に考えるためには、徹底的に調べなければいけないこと。今回の受験を通して得られたこの教訓をいかして、今後の大学の研究に取り組んでいきたい。

 

 

玉川大学リベラルアーツ学部合格!

カテゴリー:合格体験記2023.12.08

6月にアメリカから帰国したMさんが玉川大学リベラルアーツ学部に合格しました。日本にいる貧困層の子どもやその家族を支える活動をしていきたいそうです。持ち前の諦めない力で日本社会のために尽くしてください!

立命館大学国際関係学部合格!

カテゴリー:合格体験記2023.12.08

将来外交官となって活躍したいと言っていたY君が立命館大学国際関係学部に合格しました。おめでとうございます!せっかく京都に行くのだから、学業だけでなく日本文化も学んで、その素晴らしさを世界中の人に伝えられる人になってください。

上智大学理工学部合格!

カテゴリー:合格体験記2023.12.07

K君から上智大学理工学部機能創造理工学科に合格したというお知らせが届きました!おめでとうございます!

風力発電の実態を知るために、夏休みは茨城県まで行きました。

最後は顔つきまで変わって、本番に臨めました!大学に入ったら超電導の研究ガンバってください。

上智大学文学部哲学科合格!

カテゴリー:合格体験記2023.12.07

Yさんから合格の知らせが来ました。おめでとうございます!

今年、もっとも文章を書いた受験生でした。大学ではカントの『純粋理性批判』を精読してください!

上智大学文学部新聞学科合格!

カテゴリー:合格体験記2023.12.07

公募推薦で、R君が上智大学文学部新聞学科に合格しました。おめでとうございます!

戦争の「記憶」と「記録」を後世に伝えるというミッションを持って記者になるという大きな夢をもって望みました。

今年の総合型選抜入試系受験生の中で最初からもっとも文章がうまかったのが印象的です。

夢に向かって頑張てください!

立教大学合格!

カテゴリー:合格体験記2023.12.05

オンライン+通塾を続けたK君から、立教大学経営学部国際経営学科に自由選抜入試で合格したとの連絡がありました。おめでとうございます!

上智大学法学部地球環境法学科 合格体験記

カテゴリー:合格体験記2022.12.14

「上智大学に惚れ込め」

 

私がKip学伸への転塾を決意したのは高3の9月の終わり頃でした。書類提出期限まで一ヶ月ほどしかなくかなり勇気のいる決断でしたが、それでも転塾を決意したことには、大沢先生の「公募推薦を受けるためには、まず上智に惚れ込め」「本当に受ける覚悟があるのだったら本気で教えたい」という言葉がありました。当時私は「受かったらラッキー」くらいにしか考えておらず、上智を受験するにあたって十分な覚悟と熱意があるとはお世辞にも言えませんでした。しかし初めてKip学伸に足を運び、大沢先生と面談をした際に、これらの言葉が自分の上智大学公募推薦への心構えの甘さを痛感させ、同時に私の心の中に「絶対受かってやる」という決意を芽生えさせました。

入塾後私がまず取り組んだことは、上智大学について徹底的に調べ上げることでした。大学の資料はもちろん、学科の講義で使うテキストや教授の書籍など、ありとあらゆるものに目を通しました。自己推薦書は、今までの経験や自分の長所•短所をまとめることから始め、その上で大学で何をしたいかを考えました。課題レポートは、転塾前に既に完成させていたものを何回か推敲したものの、納得がいかず思い切って全く違うテーマに切り替えました。いずれの書類も白紙から書き始める時が最も大変でした。とりあえず書きたいことを全て書き、そこから不要な部分を削ったり言い回しを変えたりして、その都度大沢先生に添削していただきました。一ヶ月ほどの書類作成を通して、上智大学への思いがますます強くなっていくのを感じました。

書類提出後は、間髪いれずに面接と小論文対策にあたりました。小論文を書くにあたっては、論理的に書くことを意識して、過去問だけでなく多くの問題に取り組みました。面接の対策としては、志望理由を特に重点的に整理したほか、自己推薦書と課題レポートを、大沢先生だけでなく他の先生方にも目を通していただき、繰り返し議論を交わしました。多くの方々の意見を聞くことで、当日どの側面から質問をされても柔軟に対応できる力がつくと思います。また実際に、地球環境法学科の学生である先生に質問をする場を設けていただき、より大学と学科の情報量を増やし、自信を持って試験に臨みました。

そして受験当日。上智を第一志望とする人のみが集まるだけあって、異様な緊張感が立ち込めていました。まず午前に小論文、約1時間の休憩を挟んで午後に面接という流れです。小論文の試験会場と面接の試験会場は別で、小論文は学科によらず法学部の受験者全員が同じ教室で行い、面接はいくつかのグループに分かれます。小論文の試験が始まり、試験問題を開いた時、愕然としました。問題は、BPO(放送倫理•番組向上委員会)が指摘した、バラエティー番組などにおける「痛みを伴う笑い」が青少年の適切な精神の発達を害する、という問題に対して意見を述べるというもので、地球環境法学科とは縁が無さそうな内容だったため拍子抜けしたのを覚えています。しかし冷静に、これまでやってきたように論理的に書くことを意識して、なんとか形にし、休憩時間に、書ききれなかったことを面接で補足できるようにその問題について必死に調べ、言いたいことをまとめました。その後控え室に移動し、面接を目前にしても最後まで繰り返し頭の中でイメージをしました。上智の面接は圧迫だと聞いていたので、少々不安に感じていましたが、二人の面接官はいずれも地球環境法学科の教授で終始和やかな雰囲気でした。面接では、覚えたことをそのまま口に出すのではなく、会話をする感覚で相手の意思を汲み取るように心がけましたが、思っていた以上に掘り下げられたため、言葉が詰まってしまうことが多々ありました。しかし、Kip学伸で積み上げてきた自信が後押しとなり、屈することなく答えることができました。一方で、志望理由や小論文についてなど、面接で最も聞かれそうなことは一切聞かれず、面接終了後はそのことがずっと気がかりでした。

あっという間に迎えた合格発表日、携帯の画面には「合格/ACCEPTED」の文字がありました。

振り返ってみると、家族や担任の先生、塾の先生や友人など、数えきれないほどの方々の支えで合格が勝ち取れたのだと思います。支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。私はこの二ヶ月間、言われたことを素直に受け止め、与えられた課題をこなすのではなく、自分から積極的に取り組む姿勢を大切にしてきました。このことは、心から大沢先生を信頼していたからこそ成し得たことです。改めまして、大沢先生をはじめKip学伸の皆様、ありがとうございました。

上智大学公募推薦で最も重要なのは、自信です。先述したように、小論文も面接も変化球が当たり前になっています。そのようなときに、コツコツと積み上げた自信が武器になります。この文章が少しでも受験生の方々のお役に立てば幸いです。

>>合格を目指す方は「上智大学 公募推薦コース」もご覧ください!

 

上智大学法学部地球環境法学科 合格

カテゴリー:ブログ2022.12.08

R君が公募推薦にて上智大学法学部地球環境法学科に合格しました!

おめでとうございます!

合格体験記は後日、掲載いたします。

上智公募推薦コースを設立して8年。これまでコース受講生は全員合格しております。

横浜市立大学国際教養学部AO入試 合格までの道のり

カテゴリー:ブログ2022.04.22

image-garage-21-DSCF2198みなさんこんにちは。Kip学伸塾長の大沢です。
今日は第2弾、卒塾生が来てくれたので対談、AO入試で受かった子です。紹介したいと思います。横浜市立大学国際教養学部に合格した、あきのさんです。よろしくお願いします。

【動画はページの最下部にあります。以下は動画のテキストバージョンとなります。】
>>卒塾生が受講していた「総合型選抜入試・AO入試/小論文対策コース」もご覧ください!

大沢:あきのさん、久しぶりに塾に来てくれてありがとうございます。
今回お呼びしたのは、もちろんKipでAO入試で合格した子はたくさんいるんだけども、すごく特徴があって、みんなに話をした時に、えって言ってくれるような驚きのある書類が作れたから、その驚きのある書類というのは、僕自身すごく重要だと思っていて、学校の先生もすごくAO入試の書類を手伝ってくれたり、あるいは指導してくれたりしますが、どうしても学校の先生の作る書類って見ていると、型通りでよく言うと穴がない、悪く言うとつまらないという感じになっている。その中でやはりほかの受験生と違いを出して、私はこんな風にして、こんなことを学びたい、こんなアイディアを持っていますというようなことを際立ってできたのが、あきのさんだったんじゃないか、と思っているので、是非その辺のアイディア、あきのさんがやってきたことがどう結実していったのかなんかをこの動画でみなさんにお知らせできたらと思っていますのでよろしくお願いします。

あきの:よろしくお願いします。

大沢:まず、塾に入ろうと思ったきっかけと、その時AOを考えていたかどうかを教えてもらえますか。

あきの:私が入塾したのは高校3年生になる前の冬、2月くらいでその時は全然AOについて考えていませんでした。母がそろそろ受験だから塾に行ったらどう?ということで、ここがすごい近所だったこともあり、通塾することに決めました。

大沢:最初から横浜市立大学という名前は出ていたよね?

あきの:はい、横浜市立大学に何回かオープンキャンパスや、文化祭に行ったこともあったので、候補の中に横浜市立大学が入っていました。

大沢:なんで横浜市立大学だったの?

あきの:実家が横浜市立大学(以下、横市)に近いこともあって、文化祭やオープンキャンパスに何度も行く機会があったこと、また中学高校が神奈川の方にあったので、あまり東京の大学に通うことを考えていなかったことが横市を選んだ理由になります。

大沢:うちの塾だと通学圏内が横市だっていう子はいないけれども、高校の関係でっていうことだったんで、あきのさんはそれまで中学受験で私立に入っていて、勉強はそこそこできていたと思うんだけれども、学業的にどんな生徒だったんですか?

あきの:勉強は正直言って、成績は割と上位に入っていてできている方ではあったんですけれども、その分私生活では勉強することがなくて、周りは図書館に行ったり休憩時間を使ったりして勉強していたんですけど、私はテスト前日に一夜漬けで勉強してしまうようなタイプで。

大沢:要領が良かった?

あきの:どうなんですかね、要領が良かったのかもしれません。それにかまけて怠けてしまっていたため、後半で割と苦労することになりました。

大沢:なるほど。基本的に横浜市立大学を一般で受けようと思うと、センター試験もあって全科目できなきゃいけないので、数学もできたし、得意なものがそこまでなかった?

あきの:オールマイティにはできるけど、かといって特筆すべき点はありませんでしたので一般入試で行っていたらどうなっていたのかなって考えてしまいます。

大沢:塾でも数学やっていたり、英語、国語もやっていたりしていたのか。

あきの:最終的には理科と社会もセンター試験のために。

大沢:いつぐらいからAO入試の話が出たのか覚えている?

あきの:5月くらいですかね。最初は出てなかったんですけど春先くらいにAOの話が出て考え始めました。

大沢:なんでそんな話になったんだっけ。成績がよかったからかな。高3の春の段階、夏休み前の段階で、多くの受験生、これを見てくれているみなさん、同じように見たと思うんですけど、高3になってどうしようっていうときにその選択の一つにAO入試があるということですね。
そこから塾の中でAO入試も含めて勉強していこうということで、塾のオリジナルテキストを使って、志望理由書を書いて行ったりしました。ここからがポイントで、まずあきのさんがどういう生徒なのか、どういう過去を持っているのかということによって、通塾の長い子であると小学生から来ているとか、中学生から来ている子であると、やってきた部活であったあり、お父さんとお母さんとの面談もこちらがしてると、バックボーンがなんとなくわかるんですが、あきのさんの場合、高2に最後だったので、あまり部活のこともよくわからなかったので、そこから入ったと思うんですけれど覚えてますか。

あきの:はい、覚えています。すごく話し合ったことを覚えています。

大沢:何してきたのっていうことで、すごく印象に残っているのが、ピアノをやってきたってことと、生物部だったってことと。

あきの:英語を学びたくて空港で働きたいということ。

大沢:そうだね、授業の中でそういう話をしていったり、文章にしていったりして、何が彼女の武器となるかということを一緒に模索していった。これにすごく時間がかかったと思います。その他の書類が最後できていきますが、最初に何をセールスポイントとするか。セールスポイントを探すのにもっとも時間がかかったと。覚えているのは、生物部ですよって話は聞いていたけど、それが結構本格的だった。中1からずっとやっていて、合宿に行ったり、今でも覚えているのが、合宿に行くと山の上で、蝶が通る道を蝶道というらしいのですが、蝶道を探すために推理をしたり、そういうのを別の事と結びつけたりしたの、覚えている?

あきの:覚えています。

大沢:空港のスタッフになって、そういう蝶のことで推理したものが、外国から日本に初めて来る人がこういう動きをしたいんじゃないかなって推理するのに役立つっていうのを書いたりね。

あきの:恥ずかしいです。(笑)

大沢:そういうのもあったんだけれども、それでもなかなかピンとくるものがない中、話はどんどん詰めていったけど、ピンと来るものがない。ところがある時、学校の授業の時ね。何の授業だったっけ?

あきの:飢餓状態にある途上国の子ども達の話を聞いて、途上国の子ども達だけでなく、飢餓状態にある人々を救いたいと思うようになりました。その方法としてあがったのが昆虫食の活用です。

大沢:そうなんです。授業の中で今も飢えに苦しむ人が世界に数多くいると、それをなんとかしたいという思いがある一方でそれを救う手段の一つとして昆虫食があるということに引っかかったわけです。ここがまず偉いところですけれども、それは何もなければたぶん引っかからなかった話なんだけれども、今志望理由書を書かなくてはいけない、どういうネタが自分に合うのだろうっていうのでアンテナを張っている状態だったからきっとその話がすっと入ってきたんだろうと思う。昆虫食って割と最近話題ではありますが、あきのさんの場合は、話題になるまでに生物部の段階で、実は昆虫食というのを食べていたんですよね。これもなかなかみなさん、すごい話だと思うんですけれども。どれくらい珍しい話か僕にはわからないけども、何を食べていたんだっけ?

あきの:コオロギ(笑)。食べるのは、そもそも部活内でも罰ゲームという扱いだったんですよ。正直、そんな褒められるものではなかったかもしれないんですけれど、それのおかげでAO入試の志望理由にすることができました。

大沢:罰ゲームで食べてきた、それが食べられた、生物部にいた、学校の授業で学んだってことがある時ぴょーんとつながったって感じで、アンテナを張ってたからってことなんだけれども、それがつながって話ができていくわけです。

あきの:まさか最初は昆虫食、罰ゲーム目的だったから、飢餓につながると思ってなかったので、それに気づいたときは自分でもすごく衝撃でした。

大沢:昆虫食のメリットってなんですか。

あきの:まず、栄養価がすごく高いことにありまして、次は生産するにあたって牛などと比べると非常に低コストで生産することが可能なことになります。今は需要が低いので価値も高くなっていますが、普及活動を通してどんどん値段を下げて安価で手に入りやすい状態にできたらと考えております。

大沢:そのメリットがあって、普通、国際教養学部っていうと語学の話だったり、私にはこんな海外に行った経験がありますとか、将来国際的な〇〇になりますっていうものができるのに、あきのさんの場合は、まず昆虫食で今多くの飢餓の人を抱えてる国々を救いたいというところからスタートして、そのためにお金がかからない且つ栄養価値があるこの昆虫食を普及させたいんだということで結びつけました。国際教養学部と昆虫食ってなかなか結びつかないと思うんですが、その間に生物部というものがあったおかげで、全てがきれいにつながったと言うことですよね。これが彼女の最大の武器で、もちろん昆虫食のメリットなんかをその後調べていくことになります。高3の夏休みにどこに行かれたんですか?

あきの:昆虫食を食べられるお店に数軒行かせていただきました。

大沢:これもまためぐり合うというんでしょうか、あきのさんのお母様が長野の出身でしたよね。

あきの:はい、実は幼少期から昆虫食についての偏見はあまりなく、実は馴染み深いものだったんです。

大沢:そうなんですね。お母様もちょっと食べられる。でも一緒に食べに行ったときお母様は平気って言いながらも結局食べられなかったって言ってたような。

あきの:その時一緒に食べにいったのがコオロギだったんですけれども、親指くらいの大きさで、母はその見た目にグロッキーになってしまいました。

大沢:そこからは話が早くて、昆虫食をされている先生のセミナーかなにかに受けに行ったんだっけ?

あきの:それは元々何回か受けていたんですけれども、AOで昆虫食をやるって決めてからも何回か訪れました。

大沢:なるほど。そういうような経歴で実際に夏休みに、それによって書類が、それが決まってからはもちろん文章上の随行は何度も何度もおこなっていきましたが、核となるアイディアはできていたので、それをよりブラッシュアップしていく、研ぎ澄ましていって、より形をきれいにしていくという作業だったと思います。その時に横浜市立大学って志望理由書と?あと何が必要だった?

あきの:活動報告書、二次試験が面接と、プレゼンでした。

大沢:プレゼンというのが大きな一つテーマだったので、このプレゼンもちろん昆虫食で攻めていこうという話になりました。普通は模造紙でやるんだっけ?

あきの:推奨されているのはホワイトボードを用意しているので、模造紙に書いて貼り付けて発表という形だったです。

大沢:割とアナログですね。学校の推奨がアナログですけれども、あきのさんの場合はそうせずに?

あきの:大きなスケッチブックを用いてペラペラめくってプレゼンを行いました。

大沢:紙芝居みたいな?それまだ持っている?

あきの:まだ持っています。

大沢:動画撮ったのを覚えている?

あきの:覚えています。

大沢:あの時に食べたコオロギとか、カブトムシ、蚕、蜂の子というようなものの写真が貼ってあって、あれはなかなかインパクトがあるので、通常塾でプレゼンや面接の練習というと先生と受験生という感じで終わるんですが、小学生の子なんかも興味を持って、あのお姉さん昆虫食べて大学入るんだーみたいになって割と有名になって(笑)

あきの:恥ずかしいけどうれしいですね。

大沢:インパクトという意味では塾の先生たちもそうですけれども、横浜市立の先生もびっくりしたんじゃないかと、何この子昆虫食べるんだみたいな。やっぱりそのギャップ、別に昆虫を食べるっていうのが、ギャーっていうだけの話ではなくて、きちっと裏付けされていて、単に珍しいものをしているっていうわけじゃなくて、将来的には横浜市立の教育理念の目指すところとあきのさんの目指すところと一致させてその手段の一つに昆虫が入っているということかなと思います。

大沢:他の受験生との違いを出して私はこんな風にして、こんなことを学びたい、こんなアイディアを持っています、とすごく際立ったことができたのがあきのさんだったんじゃないかなと思います。

あきの:飢餓の状況を救いたい。その方法として昆虫食の活用です。

大沢:今でも昆虫食べています?

あきの:今でも食べています。コロナがまん延しているので、そんなに外に行く機会はなかったんですけれども、昆虫食の通販ショップとかも今は充実してきているので、そこで頼んだり、実際に店に赴いたりして食べています。

大沢:生徒にあきのさんの話を小学生なんかに、おもしろ半分にちょっと脚色して話をすることがあるんだけれども、そうすると、塾のipadなんかでAmazonで売ってるんだよってサイトを見せるとみんなワーって言うんだけれど、自分が見ちゃうとおすすめにタランチュラとかコオロギのなんとかですっていうのがね。(笑)でもみなさんが思われているのはたぶんちょっとグロい昆虫食だと思うんですが、今結構よくなって、あきのさんに写真を見せてもらったクッキーとか普通にあるよね。

あきの:ありますね。昆虫ショップでも昆虫食を粉末状にして練りこんでパスタにしたり、クッキーにしたり見た目はわからないけれど、昆虫食になっている日常生活で食べられるようなものが多いです。

大沢:そういうことなので、みなさん偏見がある人、僕自身も偏見を持っている一人ですね。理性じゃなくてなんとなく拒絶してしまうというのがあるけども、言われずに対すると案外わからない。生徒の中にはタランチュラを食べたっていう女の子がいるんだけど、すごいおいしかったってエビみたいだったって言っていて、へぇとは思ったけれども、なかなか食べられないかなあと思います。でもそういうようなところに頭を使うということが、何も考えずにとりあえず書類というものを形式的に終わらせようっていうのではなくて、この書類を大学の先生に届けるのに、どうやって自分が真剣に考えてるってことを伝えるのかってことに工夫をしたことが勝因だったんじゃないかな、と。

倍率は最終的にどうったの?

あきの:倍率は最終的に8倍。

大沢:8倍、なかなか高いです。そもそも教養学部って人数とらないよね。学科がとらないんだっけ?

あきの:学科は取るんですけれども、学系があまり取らないですね。最初は都市学系を望んでいたので、そこがあまり取る人数が少なかったと記憶しています。

大沢:じゃあ、結局最終的に受けたときは、8倍で何名合格したの?

あきの:数名だと思います。一次試験を受ける際には200名くらい。それが減らされて4,50人くらい。それからまた面接で5人くらい。

大沢:もう少し取ったような、20人くらい取ったのかな?それでも20倍くらい?
なかなか倍率が高かったとは記憶しています。そういうところで、他の人と同じようなことを書いてしまうと、絶対残らないし、甲乙つけがたいなってなっちゃうけれど、実際面接のときはどうだったの?

あきの:面接はすごく緊張しました。私、緊張するとすごい早口になって、学校や塾で行ったプレゼンの練習が、プレゼンの時間が10分だったんですけど、7分で終わってしまうくらいすごい早口だったので。

大沢:iphone立てて時間を計って練習したよね。

あきの:実際の本番でのプレゼンはすごい落ち着いてできて、逆に10分ちょっと超しちゃったんです。面接がその分すごい緊張してしまって、一つ質問を途中解答している時に忘れてしまって、どうにもならなかったってことがあります。質問されたことも忘れたし、今まで自分がしゃべってきたことも忘れてしまいました。(笑)

大沢:だからみなさん安心してください。このように合格している人も緊張してストーンと飛んでしまうこともあるということですね。でもまあ大学の先生もそれはプロなのでわかっていると思います。今でも面接の内容覚えています?

あきの:どうしてもその自分が忘れてしまった質問だけは思い出せません。(笑)

大沢:特に聞かれたこと。やっぱり昆虫食って確か聞かれたんだよね?

あきの:昆虫食についても聞かれましたし、昆虫食って聞いたら理系っていうイメージが強いと思うんで、なぜ国際教養学部を選んだかについて聞かれました。

大沢:先ほどの話には出ませんでしたが、志望理由書の段階で、もちろん昆虫食っていうのを実際の途上国に行って普及させようと思うと行政的な手続きも必要だしっていうので、横浜市と実際に提携をしている横浜市立だとそういう行政上のことも学べるっていうことも気にしていたんだよね。だから、そこも隙ないように、実際にそんな簡単に行くかどうかは別にしてもそういうことも当然に考えて、書類を作ったということになると思います。でも緊張はしつつも、その1個飛んだの以外は、普通にできた?

あきの:できたんですけれども、最後逆にアドバイスをされてしまってすごく不安な気持ちで帰りました。

大沢:何についてアドバイスされたの?

あきの:ジビエ料理について聞かれて、ジビエ料理なんかももっと勉強した方がいいよって言われて帰ったんですけど、それに加えてお母さんたちがいるスペースがあったんですけれど、そこで母が「あなたが一番早かったよ」って言われて、そこで「あー、自分が一番面接時間早かったんだ」っていうのもあってすごく落ちたんではないかと心配になってました。

大沢:みんなこういう風に終わった後も合格発表があるまでは、不安と闘ってるということです。むしろ安心する必要もないかもしれません。緊張はしてほしいですけれども、合格する人が終わった瞬間にすべて「よっしゃ、うまくいった!」と思うとは限らない。ただ、僕は長い経験があるので、あきのさんの試験が終わった後、聞かれた話を聞いたり、そういう感じだったかを聞いたりした後には、まあ大丈夫だろうなっていうのは思ってはいました。きっとそういう話もしたような気がします。

あきの:されましたけど、正直その時は信じることはできなかったです。絶望していたので。(笑)

大沢:逆に言うと自分ができなかったことが、きちっとそれにこだわってしまうということはある意味冷静に見れているということでもあって、不思議なんですけれども、一般の試験とかでも、大体合格する子、高得点取る子は完璧だったっていうより、できなかったって言うことがすごく多い。反対に、「よしできた!」って言う子は、あんまりできてないことが多い。だから自分のことを客観的に見れていないということかなと思います。

こうやって振り返ってみると、あきのさんは結局何がAO入試の中で合格まで行って、何が大切だったと思いますか。

あきの:私が今日横浜市立大学にAOで受かって最も大切だと思ったことは、志望理由書に伴った、自分の志望理由のユニークさかなと思います。

大沢:なるほど。自分ならではで、こういうことがしたいとか、そのためにこういうことをしてきましたというようなことを明確化したこと。

あきの:正直、先生が言われたとおり、空港で働くとかを理由にすると、他の人と甲乙つけがたいというか差がないから、落ちてたと思います。自分の中で携わってた昆虫、その中でも昆虫食という道を見つけることができ、学校の授業でやった内容と合わせて、それがよりユニークさにつながったのかなと思っています。

大沢:生物の話はすごくした記憶が。

あきの:しました。自分が生物部で蝶を専門にしていたので、蝶に関する知識はすごくお話させていただいた記憶があります。

大沢:今日の話には出ませんでしたけれど、実は自分の図鑑も作っていて、毎年文化祭で発表していたんだっけ?

あきの:文化祭では蝶を取って標本にしたり、蝶の情報を自分達で図鑑など見てまとめたりして毎年更新して図鑑として置いてました。

大沢:蝶というのは昆虫の中でも一番深いと言われているものなんだよね。昆虫捕りの中でも蝶専門ですっていう人は結構いるというのは聞いてますけどもまさにそういうので、これもなかなか難しくて、あきのさんにとっては当たり前のことかもしれないし、あるいは私蝶が専門で大好きなんだって言っても、周りにはえー、変わってるねで終わってるようなただの一つのネタだったかもしれないけども、話をしていくうちに、大人であって他人である、塾講師の私と話を通してそれって結構本格的だよ、と。単に虫好きだったっていう話じゃなくて、6年間の活動があって図鑑も作って毎年合宿も行ってということが、他にもあきのさんはピアノをずっとやっているとかいろいろあったんですけれど、そういうのも全部話をしてくれていくうえで、何が一番武器になるか、核となるかなということでたどり着いたということです。

ですので、みなさんこれを見ている人の中には、私こういうの何年もずっとやっているなとか、俺もこういうの好きなんだけどって、好きなことがあれば中3の子とか高1の子はもっとその道を極めたほうが案外大学へ近道になるかもしれませんのでその時に重要なのは、自分の好きなことと社会がどのように結びつくかということ、単なる好きだと、オタクだねで終わってしまうので、社会性がそこに伴うと一気に大学が近づく可能性が出てきます。

今はAO入試、総合型選抜入試を目指す人たちは今後も出てくると思うのでその人たちに一つ、なにかメッセージを。

あきの:今コロナウィルスがまん延してしまって、受験体制も去年から変わったりしてみなさんもついていけない部分も多いと思うんですけれども、私はAO入試で受かって、自分は書類や文章を先生にすごく見てもらってその知識が大学生になった今でも役立っているし、それが就職の時も役立つと思います。なので、みなさんもAOに興味を持ったら、AO入試を考えてみてください。

大沢:今日はありがとうございました。

>>卒塾生が受講していた「総合型選抜入試・AO入試/小論文対策コース」もご覧ください!

上智大学法学部 公募推薦合格!合格の秘策

カテゴリー:合格体験記2021.12.09

さきほど、Yさんから上智大学法学部法学学科への合格通知をもらいましたと報告がありました。公募推薦です。

おめでとうございます!こちらもホッとしております。

Yさんが入塾してきたのは、高3の9月末。公募推薦の書類提出は10月末ですから、正直遅すぎると言えるでしょう。

お母さまからご連絡をいただきときは、その時点からできることは限りがありますとお伝えしました。提出する書類はすべてお父様と一緒に作り上げられており、大学が発した設問に答えてはいるものの、大学が求めているものとはズレがあるものでした。

時間はありません。できることは、限られた時間ですべて書き直すことです。たかが、文章を書き直すだけと思われる方が多いのですが、公募推薦では、

・課題レポート
・自己推薦書
・当日小論文
・面接

などを通して、しっかりと推薦するにふさわしい人物であることをアピールしなければなりませんから、単に文章の添削の話ではないのです。トータルで戦略を立てたうえで、各文章を作り上げていかなければなりません。

最初におこなったのは、自己推薦書の全面的な書き直しです。

将来の夢⇒大学で頑張りたいこと⇒そのために高校時代の活動

こうした軸を中心に、上智大学がどういう大学なのかを話しました。つまり、自分が上智大学とどれだけ合うのかをアピールするのです。
また、同時に課題レポートも進めましたが、こちらのほうでもネタ選びから作り直しをしました。

結果として、完璧と言えるまでには至りませんでしたが、できることはすべて尽くたという状態まではいけました。

入試だけでなく、スポーツの勝敗や人生の成功なども最後の最後のところでは運の要素が強いように思います。「引きが強い」とか「強運」であるとか「運が良い」というような言葉があるのは、そうした人生の経験を反映しているのでしょう。

しかし、一方で冷静に考えてみると、(というより数学的に考えてみると)運というものはすべての人に平等であるはずです。さいころを振って、6が5回連続で出ることはありますが、振る回数が増えれば増えるほど、6が生じる可能性は1/6に近づくのと同じ原理です。要するに、たった一回の勝負事でしたら運の要素が大きくなることはありえても、人生のような多くの分かれ道が生じるものは、運で切り抜けるには複雑すぎるため、運で片づけられるはずがないということです。しかし、それにもかかわらず、長年入試に関わってきますと、運を引き寄せる人がいると感じざるを得ません。

今回上智大学法学部に合格したYさんにもそのような運を感じました。

まず、お母さまが問い合わせをしてきたのが9月下旬でした。書類提出までひと月ほどだったと思います。来られた際に言われたのが、お父さんと一緒に書き上げた課題レポートが「何か違う」と思ったからだというのです。その何かは分からないが、とにかく「何か違和感を覚えるのでプロの人に見てもらいたい」ということでした。面談にお越しいただいて、お話は一通り聞きましたが、基本的にそのような短期間で納得のいく書類が書きあげるのは難しいというのと、その他にも理由があったため、その日のうちに入塾はお受けできないとお断りの電話をしようと考えておりました。ところが、こちらが電話をするより早く、お母さまよりお電話があり、今日からでも入塾したいという旨を伝えられました。こちらが電話をかけようと握った際に、かかってきましたから本当に数秒の差であったと言えます。

塾に来て、初日から公募推薦の書類は全面的に書き直しをしました。

文章で書くとたった一行で済んでしまいますが、お父さんと時間をかけて書いてきた自分の力作を、否定されるのです。しかも初対面の人間に。褒められるわけでないのですから、気持ち良いはずがありません。それからも、毎日こちらが読んで、添削をして書き直しをして・・・の連続です。

そうした日々が続いても、Yさんは大変そうな素振りも見せずに、素直にただ「はい」と言って毎日書き直しを続けました。そうした素直な態度にこちらも心を打たれ、指導にも熱が入っていきました。提出書類には正解はありませんから、どこまで推敲を練るかはすべて自己判断となります。書くのを嫌がったり、ためらう素振りを見せたりすることがあれば、推敲回数も減り、違ったものになったでしょう。そうしたことがなかったため、当初考えていたものよりもは良いものができました。個々の書類はまだ、修正の余地がありましたが、全体像はできたので、勝負の土俵には上がれました。

こうした過程では、受験する人にとっても、指導する人にとっても無数の判断の連続が存在します。あと一回、納得のいくものに少しでも近づけるために、修正するかどうか。提出まであとわずかな日数しかない中で、新しい案をとりあえず、書いてみるかどうか・・・。指導する側が妥協せずに添削をするということは、指導される生徒もそれについてこれる気持ちがないといけません。

結局のところ、どのような態度で入試に臨むのかという根本的な姿勢が問われるのです。日々で見ると少しずつ、しかしいずれはそれが結局大きな違いとなり、最終的には合否という結果につながっていくのだと思います。

そう考えると、一言で運と言っていることは、原因が複雑すぎて言葉で言い切れないために便宜的に言っているにすぎないもので、本当のところは、周りの人をどれだけ味方をできるかという生き方の姿勢ではないかと思えてきます。

白百合女子大学合格!

カテゴリー:ブログ2020.11.05

本日、オンライン授業を受講していたYさんが白百合女子大学文学部を総合型選抜入試で合格しました!

おめでとう!!!

志望理由書では「おもてなし」をキーワードに地元の愛媛と将来の夢をうまく繋げて書けました。

面接前日に塾に来て最終的な確認と練習をして、万全の態勢で面接に臨めました。

この入試で具体的に考えていった夢を実現するために、充実したキャンパスライフを送ってください。

 

オンライン授業ページはこちら

AO入試合格者が語る(動画)

カテゴリー:ブログ2020.09.25

慶応義塾大学看護医療学部と横浜市立大学国際教養学部にそれぞれAO入試で合格した塾生の対談です。合格発表から間もない受験生の生の声をお聞きください。

 

慶應義塾大学看護医療学部AO入試合格!

カテゴリー:合格体験記2018.11.01

AO入試合格者第二号は慶応です!

おめでとう!!!

倍率20倍近かったので不安も大きかったと思いますが、きっちりと結果が残せました。

 

詳細は近日中に合格体験記にアップします。

 

スカイプ授業でAO合格!

カテゴリー:合格体験記2017.11.11

先日、スカイプ授業受講生の生徒さんがAO入試で白百合に合格しました。お母様が合格記を書いてくださったので紹介させていただきます。

いかに便利な世の中になったとはいえ、愛媛県松山市在住のかたですから情報収集という点で不利な状況は否めません。そうしたなかで合格をもらえた最大の要因は彼女の意志だったように思います。


 

 

「ママ、私S女子大のAOを受けてみたいんだけどいいかなぁ・・。」と娘に相談されたのは、高3の七月半ばでした。母親の私世代では当たり前ですが、AOや自己推薦という制度は、自分の時代にはありませんでした。その馴染みのないAO入試にチャレンジしたいという娘の言葉を聞き、私なりにいろいろ調べてみることにしました。

英語や数学を解かなくても合格でき、受かったらラッキー的な感覚に思う方も多いかもしれません。実際、私たちの住む地域では、AO入試で合格しようと試みる親子は、「考えがぬるい!非国民だ!」みたいな言われ方をします。ところが、実際蓋を開けてみると現在多くの大学では、一般入試以外の入試制度を利用しており、私は、娘が行きたい学校に何度でもチャレンジできる第一歩のつもりでこの入試にトライすることにしました。

前述の通り、非国民的な目で見られる我々にきちんとした指導をしてくれる専門の塾などは、当然私たちの住む地域にはありません。お母さんができることは、ご飯を食べさせ環境を整えることと考えていましたので、さっそくインターネットで検索をしてみました。

「AO 大学受験 スカイプ授業」 多くのヒットがありました。しかし、なぜか私自身その中で

Kip学伸のサイトに惹かれるものがあり、さっそくお問合せメールを本人に出すように促してみました。

娘は、塾嫌いで、家庭教師も経験したことがありますが、「いや!!」と拒絶心を起こすと徹底していやな性格なので、「どうか、どうか」と祈って反応を観察しておりました。

今回ばかりは、大学に合格したい⇒AO入試を受けたい⇒どうやって、どこからどのように手をつけたらいいのかわからない。そういう状況の中必死でメールを送信したようでした。

「これでいいかなぁ・・。返信くれるかなぁと・・。」と言いながらメールを送っていました。

メールをしてわずか数時間後に03で始まる番号から電話がかかってきたときは、正直びっくりしました。あれよ、あれよという間に体験授業を受けさせていただく運びとなり、これを経由してスカイプでの授業+夏休みの通塾で指導いただくことになりました。といっても、願書提出までわずか二か月ほどしか時間はありませんでした。あの時の私たち親子の気持ちは、まさに「藁をもつかむ。」そんな心境でした。

夏休みの初旬、娘は単身東京に行きました。目的は志望校のオープンキャンパスに行くことと、生の大沢先生の指導を受けることでした。このオープンキャンパス後、さらに行きたい度が増し、同時並行で考えていた大学は眼中にないものになっていました。

さて、AO入試の第一の関門は、自己推薦書と志望理由書です。限られた字数の中でいかに自分を売りこむかということです。自慢でもいけないし、卑下してもいけないのです。

その絶妙なるバランスがとても難しいようで、本人はかなり苦戦していました。そして、結果論としては、その個性が大学の求める人物像とマッチしなくてはなりません。スカイプ授業は、約30分ということですが、Kip学伸の大沢先生はいつもオーバーして真摯にみてくださっていました。スカイプと直接指導のおかげで、第一関門はなんとか整いました。

続いて、第二関門です。娘の行きたい学部では、事前課題を読んでこの感想文をだしこれに基づき、面接が行われます。これには正直かなり、苦戦していた様子でした。

読書は、八月の初めから始めたものの、読んでも読んでも一体どういうことかわからず、何度も何度も読んでいました。

すると読めば読むほど味が出るというか、読みこめば読み込むほど、いろいろな解釈ができるようになり、端から見ていて彼女の17年の人生で一番読み込んだ文庫本であったように思いますし、この課題を通して大学の先生はどういった視点で何を子供に気づかせたかったのかとお母さんである私はふと考えていました。

娘が幼稚園の頃のことです。 担任の先生に「お母さん、お子さんが独りでできるまで辛抱ですが待って差し上げてください。見守ることは難しいですが、信じて待っていてあげてください。ゴールにお母さんがいたら、安心して走れるものですよ。」と先生がおっしゃった言葉を思い出していました。冬の日に植えた球根の芽を引っ張り出すようなことはしてはだめなのです。ただし、芽が出るように肥料を与え、水は、与えなくてはなりません。Kip学伸の大沢先生の指導は、まさにその手法でした。娘が自分の力で自分の言葉で、自分自身を表現した第一関門の自己推薦書となぜ行きたいかを書く志望理由書。そして第二関門の課題感想文。AOのイロハもわからない娘が先生の指導の下変わっていく姿を私は、眺めていました。球根が膨らんでいく様子をただ眺めていました。

先生とスカイプがあるのに、できていない、できていないと焦ったり、体調を崩して思うように進まなかったりした日もありました。夏休みは、長いようで短く、学校の課題や補習授業もうんとありますし、AOの対策だけしておけばいいというわけにはいかないのが高3受験生です。そんな中ファックスやメールやラインやスカイプを駆使して、きちんと最終的には、自分のものとして成果品を提出していました。高校生らしい彼女の言葉で表した文章には、一文字一文字思いが詰まっているようで、課題図書の感想文も後で読ませてもらいましたが、この子がここまで二か月間で変わることができるとは夢にも思いませんでした。

課題提出後、ほっとしたのもつかの間。いよいよ第三の関門である面談です。

なんと大沢先生は、前日にも特別に面接練習をしてくださったのです。過去にも多くのお子さんを教えてこられた経験から、最悪のパターンも教えてくださったようでしたし、当日あがらない焦らない、自分の言葉で自分の足で進むことができるように最後まで支えてくださったようです。

試験の当日、私は正門の前までしか行けません。彼女の後姿を見送りながら、大きくなったなぁと思いました。立派な正門を眺めながら桜の季節にこの門の前で、今度は一緒にくぐることを夢見て、娘と別れました。

試験終了後、多くは語りませんでした。自分が言いたいことは全て言えたし、それが間違いでも悔いはない。落ちたらまた次頑張ると強い気持ちでまっすぐに私を見て話した娘の様子をみて、藁をもつかむ気持ちでどうしようどうしようとメールを大沢先生に送った二か月前との成長の差をわが子に感じていました。

結果は、合格です。受験生一人一人の個性に合わせ、その子が進みたい方向を導き、その子の最大限の力を引き出す指導をしてくださるKip学伸をお母さんの一人としてこれを読んでくださる方にお勧めいたします。

特に遠方で通塾が無理だとあきらめていたお母さんにもぜひおすすめしたいです。

この場をお借りして大沢先生には心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。