合格体験記



■受験合格奮闘記

ブログより抜粋 ※下記見出しクリックで詳細をご確認いただけます。

大学合格校
東大・東工大・千葉大・首都大東京・埼玉大・群馬大・横浜国大・九州大・北里大・杏林大医・日本医科歯科大・自治医科大・カリフォルニア大・中国蘇州大・関西学院大・立命館大・上智・早稲田・慶応・明治・成蹊・中央・法政・青山学院・立教・明治学院・多摩美・日本女子大・東京理科大・国学院大・玉川学園・成城学園・学習院・日大・東海大・白百合・東洋英和・等々 私立は GMARCH・六大学レベルに合格しています!

中学合格校
海城・立教新座・市川・立教女学院・桐朋・桐朋女子・鴎友・カリタス・日本女子大付属・早稲田・早稲田実業・世田谷学園・芝・立教池袋・法政二中・芝浦工大付属・農大一(特待)・東京女学館・実践女子大付属・大妻・目黒星美・巣鴨・農大一中・学習院・共立・獨協埼玉・・成城中・土佐塾・暁星・星野学園・桐光・桐蔭・明治学院・江戸川学園取手(医)・栄東(東大)・開智(先端)・普連土・恵泉・城北・郁文館・那須海城・都市大附属・都市大附属等々力(特選)・日大三中・明大中野・明大明治・成城・
国立:東大附属・学芸大附属(内部進学)・都立中高一貫:桜修館・三鷹

■早稲田大学社会学部合格/「継続こそ合格への近道!!」

自分は中学二年生から約5年ほど、kipでお世話になりました。
高校では、部活を最優先し、勉強は二の次となっていました。そのせいで、最初のほうは成績が良かったものの、時間が経つにつれ学力は低下していきました。
しかし、急激に落ちるということはありませんでした。これは、kipに継続的に通ったおかげだと思います。また、このおかげで、受験勉強を始める際に英語に関しては比較的楽に取り組むことができました。
やはり、長期休暇の際に一気に取り組むより、長い間続けて勉強するほうが良いと受験が終わって感じました。
志望する大学に受かったのはkipに通っていたおかげだと思います。今までありがとうございました!

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S君が入塾してきたのは。彼がロシアから帰国した中2の時でした。
現地では日本人学校に通っていましたので、英語圏からの帰国子女のように英検1級・準1級を武器に受験を突破するというわけにはいきませんでした。

彼は、中学生の時から、自立していました。
親御さんからすると、何も話してくれないので何を考えているのかわからずに、戸惑いがあったようです。
ただ、「ママがいないと何もできない男子」が多い中で、自分をもっている中学生でしたので。塾ではとても指導しやすかったです。

反抗期?
不愛想?
親離れの早い男子の特徴かもしれません。
ご家庭ではお母様が大変かもしれませんが、他人とのコミュニケーションがきちんととれていれば問題はありません。

大学生くらいになると、母親想いの頼れる息子に変貌しますよ!!

彼は、口数は多い方ではありませんでしたが、コミュニケーションもきちんととれますし、素直でした。
それに、ぶれない逞しさがありました。
公立中学から都立高校へ進学し、部活動と勉強も両立させました。

中学生の時から、小田急線で通塾していましたが、高校生になると吉祥寺へ引っ越しをしましたので、一緒に通塾していた小学生の妹さんは通えなくなってしまいました。

遠方でしたので、継続するのは無理があるかと心配もしましたが、彼は淡々と高校の帰りに塾に通い続けました。

1年生の時は、週1で塾に通いました。春休みや夏休みを利用して足りない分をカバーしてきました。
部活を卒業してからは授業数を増やし、最後は毎日来ていました。

学校での成績も上位でしたが、受験体制に入ると、グングン学力が伸びてきました。上智・立教、明治も合格圏でしたが、早稲田も圏内に入ってきましたので最後は持ち前のぶれない性格が功を奏し、強気で責めることができました。

5年間通塾している間に彼の口から愚痴や文句、言い訳等を聞いたことはありません。
学校から塾へ。授業がおわってから帰宅。午後11時を回っています。
吉祥寺の駅から自宅まで結構時間がかかると聞いていました。
私たちも、通塾が無理かもしれないと何度も思いました。
きっと彼も悩んだ時期があったと思います。
しんどいこともたくさんあったと思います。

Kipでは遠方から通塾している子が多く、無理をしないように話しますが、そういう大変な子に限って、頑張り屋さんが多いのも不思議です。
通塾の電車のなかで単語を覚えるように、指導し励ましたこともあります。

私立大学最終日受験の早稲田大学まで、持ち前の集中力で頑張りました。

受験生への年賀状に書いた言葉です。

「メンタルブロック」は自身が作り出しているものです。
さあ! 弱気な自分を乗り越えよう!!!
やる気をすっかりなくさない限り、失敗はありえない。
自分の内部から生まれる敗北以外に敗北はない。
心の弱さ以外に越えられない障害などない

By.エルバート・ハバード

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■2016 年 3 月国立九州大学経済学部合格/「文武両道で勝ち取った合格」

自分は約10年間 kip にお世話になりました。この10年間で自分は、勉強することの楽しさ、大切さを学ぶことができました。
そのことが、第一志望である九州大学への合格という結果に結びついたのだと思います。

いつもアットホームな雰囲気で、自分の勉強のサポートをしてくださった Kipに感謝。
ありがとうございました!!

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彼が Kip に入塾したのは小学 3 年生の時でした。彼は、子どもの時から自立しており、なんでも自分で考えて行動する子どもでした。
彼のすごいところは、学校も塾も無遅刻無欠席。10 年間も塾にいたのですから大学に合格して巣立っていくことを考えると、感慨もひとしおです。

彼は、中学受験は考えていませんでしたので、早くから英語もやりました。
作文の練習もしっかりやっていました。嫌いな科目がなかったせいか、一通りなんでもこなすことができました。なにも問題はなかったのですが、将来のことを考えると、このまま受験をしないでのんびり小学高学年を過ごしていくのはいかがなものかという、お母様の提案により、都立中高一貫校の受験をさせることにしました。時間もたりないので、合否はいいので、とにかく目標をもって挑戦をしてほしいということでした。6 年生からの 1 年間は、受験体制で臨みました。

その年度に都立中高一貫校に受験する子が 8 名。彼は模試でもいつもトップでした。それなのに、当日緊張してしまい、実力を発揮できませんでした。4 名が合格しましたが、一番期待されていた彼は不合格でした。

この貴重な経験で、彼は本番に弱いと結果ができないのだということを痛感しました。
地元の区立中学に入学し、3 年間バスケットボールに励みました。
高校は、都立駒場高校に進学。私立法政は合格しましたが、大学受験で国立に進学するということで都立に進学しました。

高校でもバスケット部に所属しました。1 年生の時は部活が大変で、夏期講習にも参加できない状態でしたので、私たち Kip 講師は悩みました。

ご両親との面談をもうけ、「現在の学習量では高校受験で合格した法政にも進学できません。とにかく学習の絶対量を確保してほしいです。もし、今の状態が続くようであれば、国立・6 大学は諦めてください」と本当のことをお話させていただきました。

特に。お父様は、現状をご理解いただき、「息子のことを本当に親身に考えて話してくれたことが有り難い」と家族で話し合いをもち、忙しい中で、どのように部活と勉強を両立していくかを真剣に話合ってくださいました。

彼はどんなに部活がハードでも、塾は休みませんでした。部活帰りで、教室に着くのが遅くなっても 1 時間だけでも学習をして帰りました。
いつも教室では最後のひとりになってしまい、最後に教室を出ていました。
肉体的にもきつかったと思います。

好きな部活を継続したい。でもそのためには成績を落とせない。だったらやるしかない。そういう思いで、来ていたと思います。

彼には、〜だからできない。という発想がなく、どうしたらできるのか?という前向きな姿勢がいつもありました。ですから部活を言い訳にしたことはありません。

簡単に文武両道といいますが、ほとんどの人はできません。学校内でも両立している人は、一桁でしょう。

高 3 になって春休みで部活を卒業しました。
6 月からは、毎日コースをとり、今までの遅れを必死で取り戻すために猛勉強を続けました。

・・・・・ここから書き手が代わります・・・・・

高校で、法政をけったわけですから、大学は当然法政以上です。ご両親が九州出身ということもあり、高校受験が終わった直後に九大を狙うのはどうかという話をした記憶があります。というのも、彼の場合普通にしていると首都大進学になってしまいそうな懸念もあったので、理想は高く掲げた方が良いと考えたからです。やはり大学はチャレンジをしてほしいという思いがわれわれにもありました。

高校では、バスケ部に入りました。部活が忙しく、塾には週 2 回通っていましたが、しっかりと勉強をしているというには程遠い状況でした。

その状況に危惧し、お父様、お母様、本人と四者面談をし、少しでも効率よく学習をするために塾に来る回数を増やし、その分一回の時間を減らすように調整しました

模試では、九大はいつも C 判定。高 2 のときのセンター同時模試は 5 割強でした。

一年後の本番で 8 割を超えたので、最後の一年でどれだけ頑張ったか分かると思います。

部活が終わったのが 6 月でしたから、本格的な学習はそれからと言えますが、それでもやはりそれまでの基礎学習がなかったらその後の伸びもなかったと思います。

部活が終わってからは、毎日塾でした。夏休みは朝から夜までひたすら勉強です。

部活を続けた子の方が、学力が伸びるという人もいますが、そうでないケースもたくさん見てきました。部活を最後まで続けてそれが功を奏す場合もあれば、それが理由で受験がうまくいかなくなる場合もあります。本当のところは後者の方が多いと思います。彼の場合はうまくいきました。所属していたバスケ部の先輩に優秀な人が多かったのも影響しているかもしれませんが、やはり本人の自覚が大きかったようにも思います。

引退以後は、気持ちを入れ替えて、部活で費やしたエネルギーを勉強にぶつけることができました。夏休みは面白いくらいに成績が伸び、毎回つけていたセンターの点数のグラフは右肩上がりでした。

9 月以降の、九大模試はすべて A 判定で、11 月には志望した経済学部のなかでは 2 位までいきました。

目的意識を強くもった学習ができたと思います。主要 3 科(前期の英語・数学・国語)は、いたずらにテキストを増やさずに、一冊いっさつを丁寧にし、それが結果に結びつきました。

多くの先生たちにサポートされたのは、彼の素直な性格と人柄もあったでしょう。T 君を指導していた先生たちも「何とか九大に受かってほしい」とよく口にしていました。

また、お父様、お母様の全面的なサポートも大きかったと思います。何があろうと勉強だけは最優先してやらせなければという強い想いをひしひしと感じました。そして、私たち Kip の講師を全面的に信頼してくださっていましたので、その期待を裏切らないように一丸となってサポートしました。

十年長かったようで、あっという間でしたが、今こうやって思い出してみると、この素晴らしい結果は、なるべくしてなったように思います。

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■2016年上智大学人間総合科学合格/「ビリギャルみたいになりたい!」

彼女が Kip に戻ってきたのは、高校3年の初めでした。中学受験の時に2年間在籍し、中学入学後も週1で通塾していましたが、部活がハードで、塾にくることが次第にしんどくなってしまったようです。五年間最優先してやり抜いた部活動を卒業して、大学受験を意識した時に、「このままでは大学にいけない!」と気づいたのです。

大手の予備校の体験学習もしたそうですが、少し違うなと思い、Kip の HP を見たそうです。
一年先輩で上智大学に合格した S さんの体験記を読んで、自分も S さんのように、憧れの大学に進学したいと強く思ったのです。
彼女から、また Kipに戻りたいというメールが届いたのは春期講習が終わる頃でした。
途中で塾を辞めてしまった後悔と遅くなってしまったが、今から必死でやるので受け入れてほしいという内容でした。
塾に戻ってから2か月後の6月からは、毎日コースを選択して学習に打ち込んでいました。

「先生!私が上智に合格したらビリギャルよりすごいよね!!」と言っていました。
ビリギャルみたいな逆転勝利をしたいと思っていたのでしょう。

ただ、部活最優先で勉強をしていなかった彼女の模試の結果をみると、とても六大学に入れるような実力はありませんでした。模試は最後まで E 判定でした。
憧れの大学と実力とのギャップに彼女より私たち講師の方が悩みました。
もともと彼女は、社会学科というよりメディア系に進みたいと言っていたのですが、いくら話し合いを重ねても、彼女とメディアを繋げることができませんでした。
あるとき彼女が小学生のとき、公民で「男女雇用機会均等法」がでてきた際に、お母さんがかかわっているということを言っていたことが、ふと頭のなかをよぎり、それが突破口へと繋がりました。

とにかく頑張ると決意をしているのだから、いけるところまで行ってみよう!
塾で課題を与えられながら、思考していくうちに、「自分が将来何をやりたいのか」という自分自身の原点に行き着くことができました。
このことが、彼女にとって最大の収穫ではなかったかと思います。

1年先輩の上智大さやかちゃんも、わざわざ教室に来て、資料を提供してくれ、面接の練習までしてくれました。さやかちゃん、ありがとう!
あなたのサポートのお蔭で、合格できましたよ♪

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私は小学 5 年生の時から kip に通っていたのですが中学 3 年生の時に辞めてしまいました。その頃、大学受験に備えて、小論の授業を取ることを薦められたのですが、通っている学校も勉強にうるさくなく大学受験のことを真剣に考えていなかったので、先生のアドバイスをスルーしてしまい、後でとても後悔しました。大学受験のことも真剣に考えないまま高 3 の春を迎えてしまったのです。

流石の私も、このままの学力では大学に進学できないと思い、塾をどこにしようかと、大手予備校の体験授業を受けたりもしました。ただ、ピンとこなかったので、以前通塾していた Kip の HP を見てみました。
すると、推薦で上智に合格した子の体験談が書いてあり、それを見て自分もこうなれたらいいな、という気持ちで kip に連絡しました。二年半ぶりの kip の先生方は全く変わっていなくてフレンドリーで、以前と同じように私を受け入れてくれました。

そして 4 月から私の受験人生が始まったわけですが推薦を受けるには自分が将来何をしたいのか、大学で何を学びたいのかということを明確にしなければいけないのに私は何も考えていませんでした。

しかし大沢先生に自分のこれまでの人生から何かやりたいことが見つかるかもしれないと言われ、何日も真剣に考えてみました。そして私自身中高 6 年間女子校だったことや、母の影響もありジェンダー学が学べる社会学科を受験することにしました。
それから大沢先生や母とたくさん話し合って自己推薦書や課題レポートを作成していきました。そうやって話し合っているうちに自分のやりたいことなどが鮮明になっていくのを感じました。

私は本当に小論とかできない人だったのですが大沢先生に毎日色々な話を聞いてたくさんの知識をもらいました。それから、先生から言われた本を読みまくりました。作家の山田先生の小論の授業にも出席させてもらいました。最初は全く書けませんでしたが、繰り返し添削してもらっているうちに、少しずつ自分の意見が書けるようになってきました。
本番でも先生と何度も話あったことが出たので、しっかり質問にも答えることもできました。

推薦入試を受けて良かったと思ったことは自分の将来やりたいことや大学で学びたいことを明確にできたことです。そして一般では絶対無理だと思われても推薦は合格の可能性を少しでも上げられるということです。
勉強が得意ではない私でしたが、中高 6 年間皆勤で最後までやり遂げるということに関しては自信がありました。ですから、無理だと思っても諦めたり妥協したりすることは絶対に良くないと思います。
一度決めた目標は最後まで変えないでください!
最後に kip の先生達を始め、kip の卒塾生の S ちゃんには本当に感謝しています。
ありがとうございました!

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■2016年 私立芝中学合格 「最後まで諦めず・・・ひたすら前を見て」

S 君は芝中に合格するとすぐに合格体験記を書いて、持ってきてくれました。
彼も、Kip の先輩の体験記を読んで頑張ったからです。
彼は大手の進学塾で成績が伸び悩み、悩んだ末に6年生の夏期講習から kip に転塾してきました。転塾してからの2か月間は、グングン成績が伸びました。

特に夏期講習では朝から夜まで、毎日9時間の特訓です。
Kip は個別ですので、彼の一番苦手である算数を徹底してやりました。
以前の塾が一斉授業でしたので、その時、質問することができなかった問題をひとつひとつ丁寧に教えました。

秋になると模試の結果に一喜一憂するようになり、個人面談をしていろいろ話しあいました。こどもは、親を心配させないように、ひとりで悩んだり落ち込んだりするものです。学習の伸び悩みには、勉強以外に原因があったりすることが多いものです。先生と生徒のコミュニケーションで信頼関係を構築することが受験には大切です。

彼の場合は、受験までのプロセスよりも、受験がスタートした2月1日の不合格から、どのように諦めずに頑張り続けたかのか、その時の心の葛藤を書いてくれました。
1日から立て続けに落ちてしまい苦しみました。
後半戦の4日の芝中(3.8 倍)5日の国学院久我山、6日の都市大付属に合格しました。後半戦は試験会場の雰囲気にも慣れて合格を勝ち取りました。
合格証をもって、教室に飛び込んできました。
本当におめでとう!!受験を通して本当に成長しました。
強くなったね♪

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ひたすら前を見て(本人がつけたタイトルです)

2月5日の午前、試験が終わり、僕は両親にむかえに来てもらいました。
お昼ご飯を食べる時に外に呼ばれ、芝中学校(2回)の合格証をもらいました。そのとたん涙があふれてきました。最高の瞬間でした。
僕はその後、前の出来事を回想しました。2月1日に僕は芝中学校の試験を受けました。結果は不合格。悔しくて悲しくて先が見えなく、嘆く僕に母は「どの中学校に行っても必ず未来はある。」と言いました。僕はその言葉をばねに受験はあきらめないと、決心を固めました。
2月3日は第1志望の海城中学(2回)の試験でした。しかし試験は思うようにいかず、自信はなくなっていくばかりです。体力的にも精神的にもつかれきっていました。
僕は、電車の音にかき消されるように試験の帰りに泣き崩れ、「高望みだったのかな」「受験やらない方が良かったかな」

ふと、そんな言葉がもれたとたんに、母の平手が飛んできました。母も泣いていました。
「バシッ」「こんなに成長したのに違う」とつぜん大きなしょうげきが体を走りました。
そこで、我に返ったのかもしれません。いつもの自分に戻った、そう思いました。

そしてむかえた2月4日の芝中学校(2回)の試験。とてもやりきった、そう感じました。自分が出来ないと思えば思うほど、やる気はなくなり、迷路をさまよいます。
しかし、迷ったとしてもそこから抜け出す努力をすることが一番大事です。自分が出来ないと思うと、自らがメンタルブロックをつくり、抜け出せないのです。

自分をダメと決めつけずに、目の前の壁に正々堂々とぶつかっていってください。
そうすれば、必ず栄光はつかめます。
自分の心を見つめて、自ら合格をつかんでください。
勝利の兆しはもう目の前にある。ひたすら進め!!! 小 6 K.S

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■東海大学農学部応用動物学科 「中国人としての使命と責務」

Ryo.ka.rei 彼女は中国出身の女子高生です。小学5年生の時、日本にきました。異国の文化の中で、全く話せない日本語を必死で覚え、公立中学に進学しました。高校は私立に進学し、2016年の4月から東海大学に進学します。その間に日本語検定試験 2 級(社会人・大学生レベル)に合格しました。北京語、広東語、日本語でコミュニケーションがとれます。
大学を卒業するまでの 4 年間で英語にもチャレンジします。
日本での体験を活かし、将来中国との懸け橋になってほしいです。

これは、彼女が推薦入試の時に書いた、エントリーシートです。

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私の夢は、将来母国である中国に戻り、牧場と飲食店を経営することです。
そのためには、環境を壊さず、無駄のない飼育技術を学びたいと思っています。
人々に安心して食べられる食品を提供していくためには、日本の安全である飼育技術を学び、その技術を中国に伝えていきたいと思います。

貴学は阿蘇という大自然のただ中にあり、「動物」を学ぶには最高の環境だと思います。また、動物の細胞、分子レベルから加工まで学べるので、自分の夢の実現に一歩近づけることができるという理由から貴学への入学を志望しました。

私は、仁木隆博先生の「家畜人口受精論」、プラタンラジブ先生の研究課題である「低・未利用飼料資源を用いた家畜清泉」などにとても魅力を感じています。
また、応用動物科を学ぶきっかけになったのは、中国の劣悪な食品加工事情を知ったことです。手間を省いて利益を上げるために、安い化学物質を使う彼らのやり方を変えなければならないと思います。私は中国人として責務と使命を感じています。

もし貴学に入学することができましたら、動物の飼育方法と繁殖の仕組みを詳しく学び、動物に過剰なストレスを与えないような家畜の生活環境を改善していきたいと思います。
また人体に害のない天然素材を使用して、安全な食肉を作り上げて多くの人々に、安心で安全な食肉を提供していきたいと考えています。

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■上智大学 文学部史学科「憧れの大学に合格」

上智大学は私の憧れの大学でした。オープンキャンパスには
中 3 から足を運び。大学の規模や校風、学生の雰囲気が私にぴったりだと直感しました。

ただ、模試でも E 判定で、一般入試では可能性が限りなく低いと思っていました。
高 3 の春に公募推薦を知り、一般で駄目なら推薦でもチャレンジしたいという思いが募ってきました。
無理だと言われても、E 判定でも憧れの上智への想いは断ち切れませんでした。
指定校推薦なら立教に行けたのですが、そのチャンスを捨ててでも、上智大にチャレンジしたかったのです。公募で上智を目指すことになりました。

しかし、F 先生には、「上智は無理だ!負け戦とわかっている人のサポートはできない」と厳しく言われ・・・あまりのショックに泣くしかありませんでした。

松本先生、大沢先生、両親も含め 5 人で何度も話合いました。

父が「娘は、F 先生に無理だと言われても、どうしても諦められないと言っているのですが・・・落ちることが分かっているのなら受験しない方がいいのでしょうか?」
と尋ねていました。
松本先生は、
「彼女の将来のことですから、ご両親ではなく、彼女自身が納得して結論を出した方がいいと思います。チャレンジしないで将来後悔することがないように、彼女が望んでいるのであればチャレンジをさせてあげてください。厳しい状況ですが、私たち Kip の講師も全力でサポートいたします」
その面談後、「とにかく全力で上智合格に向けて頑張ろう」と腹が決まりました。

その年の論文の課題は「食料生産と飢餓の歴史」でした。「食料生産が足りないから飢餓が起こった」という内容を書いて提出しました。
それを読んだ大沢先生は、「これでは、とても合格できるレベルではない。
この課題では、二つのアプローチが可能である。すなわち、歴史の大きな法則を書くというアプローチと、誰も知らないような細部について叙述するというアプローチだ。
恐らく歴史学の正攻法でいうと後者であり、本当に歴史が好きな人は、その方法をとるであろうが、君は何より歴史の知識が少なく、とても細部にこだわる時間も残っていない。だから、前者の方法をとろう。一番意識することは、人の目に留まる主題を考えるということだよ。」

「歴史の法則を書くのであるから、細かいことよりも、論旨が解り易く、他の時代にもあてはまり、なおかつ人の目に留まるものであることが大事なんだ。ひとことでいうと、一発逆転だよ!!ここでは、着想点が最重要であり、その他はそれに付随することになる。いいかい?」
大沢先生は、どうすれば課題文が書けるのかを徹底して指導してくださいました。
3 か月の間に、30 冊以上の本を読みました。
すべて大沢先生からアドバイスを受けたものです。論文を書き始めたころは、つたない内容しか書けず、このままでは試験を受けるどころか、論文を完成させることすらできないのではないかととても悩み、不安でたまりませんでした。

そんな時でも、いつも大沢先生が親身になって励ましてくれました。論文の構想も一緒に練って下さり、何から何まで手厚くサポートしてくださいました。
父とも論文の内容について話し合い、たくさんの資料を読み漁り、知識を深めていきました。
本番での課題論文や面接の仕方等々、脳科学に基づく方法でとにかく、他の学生との差別化を図りました。
・・・・略

12 月 5 日(金)午後、憧れの上智大学に合格することができました!!
もう嬉しくて嬉しく、すぐに Kip に電話をしました。
電話口で、感極まって泣いてしまいました。

私がこの受験を通して一番感じたことは、自分の教養のなさでした。もし、推薦にチャレンジをしようと考えているようでしたら、早くから知識を増やすことが重要だと思います。
推薦入試の最大のメリットは、自分の学力よりも上のランクの大学を目指せることです。
また、一般入試とは違ったものを得られると思います。
負担が大きいために覚悟は必要ですが、推薦入試に是非挑戦して、憧れの大学の合格という栄冠を多くの Kip 生に手にしてもらいたいです。

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S.Nさんは、学校での成績が高 になってから少し下降気味になってきました。
以前から学年で 番以内をキープしないと上智大は厳しいと言っていましたので、本人も一般受験では無理なのだと自覚はしていたようです。
高 になると、部活も終わり周りの友人たちも受験勉強に拍車がかかります。
今まで目立たなかったクラスメートも、グングンと頭角を現してくるものです。
それに、少し圧倒されていた嫌いもあったと思います。
マインドで負けてしまうのですね。
たた、彼女は、とにかく の指導やアドバイスには愚直に取り組みました。
生徒と先生も人間同士です。
模試で 判定でも、学校の先生に無理だと言われても、必死についてくる生徒には、誰でも何とかしてあげたい! と思うものです。
一所懸命な生徒には先生も心を動かされます。それが、とても大事だと思います。
真剣な気持ちは、真剣な言動にあらわれます。
そして、その波動が周りの者を動かし、すべてを自分の味方にしてしまうのです。
彼女の真剣さ、必死さは大沢先生の命にも伝わりました。
授業が始まる前から、教室に来させて必死で教えていました。
合格した時は、彼女だけでなく大沢先生も感動していました。
もちろん私もです。合格本当にあめでとう!!!

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■大学受験後記 大学受験生のお母様より

Kip との出会いは娘が小学 6 年の 12 月、2 月 1 日の中学受験を控えた駆け込みの入塾でした。
地元の受験塾での成績が全く上がらず困り果て、第一志望の過去問を見ていただくお願いでした。
たった 1 か月しかない期間で合格ラインまで届くほどに、国語の成績が劇的に伸びた大沢先生の指導力に驚いたものでした。もう少し早く kip に通っていれば合格したでしょうが、残念ながら第二志望の中学に入学しました。

合格してすぐに英語の勉強をスタートするように、との松本先生の言葉通りに勉強を始め、中学 2 年までは英語の成績は学年でもトップだったと思います。
しかし国語力がないと、英語の成績が下がると松本先生から指摘された通り、中 3 から英語の成績が下がりだしてしまいました。
そのため高校からは、小論文対策もとることにしました。
大学の一般入試にも小論文を課す学校もあることや、文章を書くことは一朝一夕には書けるようになることができないので、早くから作文力を上げることは大切だと思います。

中 3 からオープンキャンパスを見学し、上智大学が気にいったようでした。オープンキャンパスでは教授や先生のお話よりも、在籍の学生の方々の話が一番参考になりました。
学校の雰囲気やキャンパスライフが良くわかり、特にうちは推薦を考えていたので、推薦で入学した学生さんの勉強方法や、受験までのスケジュールの組み方や、教授の本を読んでおくことなど、とてもためになりました。

推薦試験の大変なところは、一般の受験勉強も同時にしなければならず、大沢先生には何回もスケジュールをたてていただきました。夏休みまでは一般受験の準備と、論文の作成に必要な参考文献を選び、9 月からは本格的に論文を書き始め、同時に推薦用の記述のテキストもこなしました。親が手伝えることとして、国会図書館や本の種類の多そうな図書館で論文のために指示された本を探しました。

娘は史学科希望でしたので、歴史のどこから問題が出るかわからなかったのですが、過去問から大沢先生に時代を絞って頂き、見事そこが出た時は嬉しかったです。

小学校受験の面接の練習も、中学受験で失敗した悔しさも。すべて大学受験の糧になりました。

中学受験で大手の受験塾では埋もれてしまう娘には、Kip での丁寧な個別指導が一番と考え、模試だけしか他は利用しませんでした。
ひとりひとりの個性を重視して指導頂けた、松本先生と大沢先生には深く感謝しています。

親のためのセミナーには教育のみならず、私自身の生活のあり方や、人とのコミュニケーション力を伸ばす考え方の参考となり、とても楽しく、いつも主人と一緒に参加させていただきました。Kip の卒業は、親の私が寂しいのかもしれません。

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■2016 年 2 月 中学受験後記 中受受験生のお父様より

「本当に中学受験をさせていいのだろうか?」
田舎育ちの私は、放課後、毎日野球をしていた。
夢はプロ野球選手だった。

田舎の子は 4 年生から本格的に部活を始める。
都会の子は 4 年生から本格的に勉強を始める。

これまでとはまったく違う価値観と環境を、子育てで直面することに。
仕事に追われながら、その価値観を消化できずに時が過ぎる。

同じ年の娘を持つ知人家族がアメリカ生活を始めた。
聞くところによると、日本の 6 年生の年齢から中学 1 年生がスタートするという。
中学から既に単位制で自分の好きなようにカリキュラムを組む。
なので、クラスもない。その代わりにカウンセラーがいて、学力習熟度を共有相談していく。
意外なことに宿題の量も相当多いらしい。

スポーツも 1 つに特化しない、シーズンスポーツといって春夏と秋冬で違うスポーツクラブに所属する子も多い。

この話を聞き、また現地で実際に目の当たりにした時に、目の前の子育てを、自分の中の 1 つの方向でしか考えていないことに気付いた。

そこから、私の中の、中学受験に対しての考え方に変化が出た。

・純粋に「受験」というものが、素晴らしいチャレンジ。だから心から応援しよう。
・多様性、有機性こそ、人生の本質。どのような結果でも、その先に続いていく。
・偏差値や現時点での序列は特に関係ない。心の眼が曇るだけだ。
・学校選びはとにかく足を運んで感じてみる。活字情報だけでは本質が見えない。
と思うようになっていった。
そして、子供の受験が終わった。

すんなり合格とはいかなかった。5 回の不合格を先にもらった。
ようやく、6 回目のチャレンジで合格を手にすることができた。

12歳で味わう初めての挫折。それが 5 回も連続で。
涙も流していた、でもその分、歯も食いしばっていた。

素晴らしいチャレンジを褒めてあげたい。
そして、もっと素晴らしいチャレンジがスタートできることに感謝したい。
重ね重ね、結果は全てではないと思う。
仮に、結果が悪かったとしても、そこから新しいチャレンジがスタートできる。
家族で歩むこの過程こそが、多くの学びと財産になるに違いない。

結論。「本当に中学受験をさせていいのだろうか?」という問いは、愚問だった。

最後に、多くの方のサポートに心から感謝申し上げます。
中学受験で多くを学んだ受験生の父より

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■国立高知大学 医学部医学科 AO 入試 一次選抜試験合格

医学部を目指すためには高い学力が必要なことは周知の事実であるが
それに加え記述力も必須である。特に、AO 入試をパスするためには、小論文対策が欠かせない。
医学部を目指す中高生の大半は、偏差値の高い進学校に在籍していて、普段からコツコツ学力を上げる努力をしている。

集中力もあるし、なにしろ勉強をする習慣がついている。

ただ、記述力となると全く別の話だ。
苦手意識を持っている人が多い。

率直に言って、苦手というよりは、ほとんど書けないといった方がいいかもしれない。
長文読解で難問を解ける能力があるのに、自分の意見を表現することができない。

彼も「体験授業」ではそうだった。
自分の長所と短所を原稿用紙に書いてもらったが、とても稚拙な文章だった。
このレベルでは、受験までに間に合わないというのが担当講師をはじめスタッフの統一見解だった。
過去に通った予備校では「論文のノウハウを教えてくれるのですが、実際にどう書いていいのかがわからなかったのです。
Kip ではいきなり文章を書かされて、すぐに添削・アドバイスを受けたので新鮮でした」と素直に話してくれた。

本気で小論を書けるようになりたいのかどうか。
真剣に課題をクリアーしていく気持ちがあるのかどうか、本気度を再確認してから小論に挑戦することになった。

彼は素直で謙虚。
温厚な性格が学習姿勢にもでている。

同じミスを繰り返さない。
指導されたことは、きちんと守れる。

学力の上がる人の共通点である。 略

国立高知大学医学部医学科 2次試験(最終)合格おめでとう♪

一次試験の発表から2次(最終)試験までが2週間しかなかったのでプレゼンテーションとディスカッションの準備として、とにかくポイントを押さえて書くことに専念しました。

準備期間が短かったにもかかわらず、集中をして最後まで諦めずにがんばりました。

本当に合格おめでとう!!
彼は高1の時、ノースキャロライナ州に1年間留学をしたことがあります。
その地域にはバスもなく、車がないとどこにも行けない田舎でした。
都会育ちの彼は、田舎のスローライフにすっかり魅入ってしまったのです。

都会のように慌ただしくない生活。
心のゆとりをもって接してくれる地域の人々の優しさ。
そんな田舎の環境が彼のこころに大きな変化をもたらします。
帰国後・・・彼は大都会ではなく、田舎で医療に従事したいと思うようになりました。

彼は、就学前に病気で3か月ほど入院したことがあり、共働きのご両親が病院へこれない時に、とても寂しい思いをしたそうです。
そんな時に、彼の病室に訪れては彼の不安を紛らわせてくれたのが主治医の先生でした。
その先生とオセロをやったことが嬉しくて忘れられない思い出になっています。
医学部への志望動機には、
その時の主治医の先生への憧れと尊敬も影響しているそうです。

これからの長い道のり!
患者の苦しみや不安のわかるドクターを目指して努力してくださいね。

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■東京大学教育学部付属中学「ただ愚直に努力をした」

小 6 受験生の A ちゃんが東大付属中の推薦入試に合格しました。
彼女は公立中高一貫校を目標にこの 1 年半勉強に励んできました。
推薦入試は倍率が半端でなく、今年は女子 301 名の志望に対して合格者が 15 人でした。
算数の適正検査、作文、グループ面接、グループでのディスカッション等々、試験内容もユニークです。
私立中学やこの 2〜3年でできた公立中高一貫校とは、教育理念や入試制度が19
異なった中学校でもあります。

公立中高一貫校は今大変な人気です。
Kip では国語に力を入れていることから、お問い合わせも多く彼女もその一人でした。
作文の学習が進み、「要約」の練習課題では、同じ問題を 3 ヶ月やりました。やらせたといった方が的確かもしれません。やり直しの原稿用紙がどんどん増えていきます。

誤字脱字・主語と述語のねじれ・・・・彼女は何度もなんども注意をされました。
「何度同じミスを繰り返すの??」
厳しく叱ったことも数えきれません。

彼女のよいところは、「めげない」「捻くれない」「言い訳をいわない」
いつも「はい!わかりました」
と拍子抜けするくらい素直な少女です。

A ちゃんは明朗活発な優しいふつうの女の子です。
そんな子が、一生懸命勉強に取り組んで、苦手な算数だってどれだけやったかわかりません。
作文も上手に書けるようになりました。
今では「私作文得意♪」と公言するようになって、先生はとても嬉しいです。

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■国立千葉大文学部行動学科 「要約力が役にたったよ」

高 3 の B 君が千葉大の推薦入試に合格しました。
千葉大文学部の行動学科の推薦入試は 30 分の面接と英文の小論文でした。

問:以下の文章は、チンパンジーの意図理解について書かれた論文の冒頭部分の抄訳とそれに続く部分の英文である。これを読んで、次の設問にこたえなさい。

「冒頭部の抄訳」が 10 行ほど書かれており、『後続する英文』が A4 サイズで 2 枚程度、設問は 3 問で、それぞれ 250 字・250字・400字以内で論じなさい」というものでした。
彼は、センター試験を目指して勉強をしていましたが、推薦入試にも挑戦していました。
当日の試験では英語の小論文が出題され、予想外のことでびっくりしたようです。
小論文は比較的得意な方でしたが、読解した英語の長文がはたして正しかったのかどうかが分からず、合格発表当日は大学に出向きもしませんでした。

彼の中ではもうアウトだったのです。それなのに一日遅れで高校側に合格の連絡が入り、もうビックリの状態でした。
こんなことなら、掲示板の前でガッツポーズでもしたかったよね♪

彼曰く「小論の勉強をしていたので本当に良かったです。記述だったからなんとかクリアーできたのだと思います」
B 君 合格おめでとう!

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■早稲田中学 「国語力を鍛えてすべて合格!」

今朝9時過ぎに、早稲田中合格の吉報が届きました。
長いながい受験勉強がやっと終わりを告げました。
流石に今日の教室ではすがすがしい少年の顔をしていました。
「M 君!よくがんばったね。本当にほんとうにおめでとう!!」
彼はちょうど1年前の今頃、国語の偏差値が45前後で他教科が53くらいでした。
他教科の足を引っ張っている国語力をなんとかしたいということで kip に入塾しました。

私は塾日誌をつけているので、その当時のことは詳細に書き記してあります。

はじめは主語・述語から、文の構成を徹底的に教えました。
文章の読解がある程度できるようになってから、要約に入りました。
全くできません。
毎回考え込んでしまいます。
短い物語文に戻して、要約を続けました。
夏休みの「一日特訓」にも元気いっぱい参加しましたが、その時も要約では苦しみました。

kip では、秋に入ると過去問を徹底して学習していきます。低迷していた時期もありましたが、秋くらいからメキメキ実力をつけてきました。毎回の授業で、必ず励まします。どんなに得点ができずに落ち込んでいる時でも、kip に来た時は元気になって帰ってもらいます。

「模試の結果に一喜一憂してはダメ。実力はついてきている。今結果がでていなくても実力はついているよ。受験の時に実力が発揮できればいいんだからね!!」

受験生の過去問対策はとても時間を要します。ひとりひとり第一志望校が違いますから、講師が事前の予習をしっかりしておきます。生徒ができないところを解説するのにとても時間がかかります。教える側も個別というよりは、個人授業になってしまいます。

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■父の死を乗り越えて見事合格!

都立試験の発表当日午前9時過ぎ・・・元気いっぱい教室の電話がなりました。合格の連絡は「携帯でメール」ということになっていましたから、携帯だけは手に持ったまますぐチェックする態勢でいました。

こんなに早く誰からかしらと受話器を取ると、電話の向うから

「せんせ〜い!受かった受かった受かった受かった・・・・・合格したよ!!!」
と一気に叫ぶ声がしました。

Yちゃんの声でした。
「ほんとう?良かったね。おめでとう!!よく頑張ったねほんとにおめでとう!!!」
嬉しい第一報でした。
彼女は都立駒場高校に合格しました。
自分の行きたい学校でした。

いつもニコニコスマイルマークの笑顔!
小柄で華奢な彼女のどこに、こんなエネルギーが潜んでいるのかとおもうほど頑張りやさんです。
中学3年間バスケ部に所属。

勉強との両立で悩んでいる時も、決して妥協をしないのです。何がなんでもバスケをやり抜きました。はじめ私は、レギュラーで中心的なプレイヤーなのかと思っていました。どんなに大変でも決して部活を休まないからです。

それが、あるとき試合に出られないということを知ったのです。
万年控えの Y ちゃんです。
でも、決して愚痴も言わずにやり抜きました。
試合があれば遠くまででかけ、チームのメンバーを応援しました。
でも、彼女は腐らない。ここが A ちゃんのすごいところです。

それからピアノもやり抜きました。厳しい先生についてレッスンをしていたようで泣き泣き練習したこともあったようです。でも、その先生に感謝をしている。厳しいから今の自分があると。 (う〜んわかってるね!)
なんでも全力投球の彼女ですが、塾では私によく叱られました。いつも笑顔でかわされましたけど・・・。
3年生になって部活を卒業してからは、受験勉強に集中しました。図書館の常連ですし、家でも塾でもメいっぱい勉強をしました。

夏期合宿も特訓も参加し、講習明けには偏差値も68まで上がりました。
学力がメキメキつきはじめ、第一志望高が合格圏にはいり、調子に乗ってきた時、
Y ちゃんが塾を休みました。
本人からの電話です。
「今日疲れていて塾を休みたい」
そんなことで塾を休む子ではありません。

「・・・おとうさんが亡くなったので・・・」
室長が電話にでました。私はその日は、別の教室にいましたので、後から知って驚きました。信じられませんでした。
私も留学している時に父を亡くしました。その時は、世の中にこんなに悲しいことがあるのかと思いました。帰りの飛行機のなかでひとり泣いたことを思い出します。そして、意気消沈したまま受けた試験の単位を落としてしまった苦い経験があります。
彼女のことを考えると、胸が張り裂けそうでした。受験の直前にこんなことが起きなくてもいいのに。

神さまは意地悪だ。

「いくら Y ちゃんが人材だからって、今こんな試練を与えなくたっていいじゃないですか?」
少し前にも、小学6年生の塾生が母親を病気で亡くしたばかりで・・・室長も私もすっかり気落ちしていました。
人生には試練があるでしょう。でもこんな小さい子どもたちにとって、肉親との別れはあまりにも残酷過ぎます。
彼女は一日しか塾を休みませんでした。
いつものスマイルが戻り、細い体でしっかりと自分を支えていました。
その後も、頑張って勉強をし続けました。

そして、3月1日の合格発表です。
みかみ先生が「努力する人には勉強の神様がついている」
っておしゃっていたけれど、本当だったよね。
このブログを書くために Y ちゃんの許可を得ましたよ。

彼女からの返信↓

「あさってはお父さんの四十九日だから、受かったって報告します。結構気
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にしていたから。多分すごく喜んでくれると思う。(*^_^*)
・・・・私のブログを読んで、頑張ってくれる人がいたら超うれしいですね♪」

合格発表の日。お小遣いから室長と私にケーキを二個買ってきてくれました。
それから、教室にかわいいメモたてを。(今月分のお小遣いなくなっちゃたかな?)

小学生がみんなかわいいって言ってくれたよ。
ありがとね!

本当に本当に辛く悲しいお父さんの死を、よく乗り越えて受験勉強をやり続けたね。

Y ちゃんは、受験を通して、本当に成長しました。
学力だけでなく、精神的にも・・・ひとまわりもふたまわりも大きくなったよ。
先生は嬉しいです。

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■海城中学 「淡々と着実に」

彼が Kip に入塾したのは、小学 3 年生の夏でした。二つ違いの弟と一緒でした。彼は生来の穏やかな性格で、いつも淡々と行動できる子でした。嫌なことがあっても顔に出したり、激昂したりすることは全くありません。
素直で真面目な少年です。

中学受験を視野にいれて勉強をしている時に、なかなか偏差値が上がらずに何度もお母様と面談をして話合ったことがあります。 塾のデータによると45〜52を行ったり来たり・・・親が心配するほどには本人に危機感がありませんでしたが、ご両親も口うるさくいうタイプではなかったのが救われました。
アップダウンを繰り返しながら、彼の成績は少しずつ上がっていきました。
お母様との面談の時に
「Y 君は、感情を表にださないけれども、その分忍耐力があるので中学受験には有利だと思いますよ」と、お話したことを記憶しています。

彼は塾の一日特訓にも出席しましたし、時間の許す限り様々な Kip のイベントに参加しました。ご両親はいつもで協力的で、私たち Kip の講師を信頼してくださっていました。私たちにとって、そのことが一番の励みになりますし、ご両親のためにも頑張ろうという気持になります。

中学受験は高校や大学受験と大きく異なるのは、親子の受験といわれるようにまだ幼い小学生の勉強は母親がサポートせずには、たちいかないのです。
Y 君は自宅から遠く離れた私立小学校に通っていましたので、通学に要する時間も大変でした。くたくたになって塾にくることも何度もあり、私たちも可哀想になってしまうこともたびたびでした。
「学校が遠いから大変だね。ラッシュとかすごいでしょう?」というと「僕、電車の中で遊んでいるから大丈夫だよ」
とニッコリしました。
こどもってなんて逞しいのでしょう。

彼は、最後まで淡々と勉強をやり抜きました。すべての Kip の教材をやり抜きました。6 年の秋からは実力が付いてきているのがわりました。
毎年そうですが、合格をする子は、秋からめきめき頭角を現します。
体力があるうえに、心も強いのです。

1 月受験から 2 月1日の本命まで彼の闘いは続きました。

海城中学の受験で持てるエネルギーをすべて使い果たしてしまった Y 君が合格の報を耳にしたのは、次の日の S 校の受験を終えてからでした。

試験会場で合格の報を受けたお母様が、電話で、「憔悴しきって今試験会場に入っていきました」
「本命ですべてを出し切ってしまったのだね」と大沢先生と大笑いしてしまいました。
4 月から海城中学 1 年生です。
彼は将来医学の道を目指しています。彼が医師になったら、3 代目になります。まだまだ勉強への道のりは長いけれど、その粘り強さと意志の強さ、そしていつも穏やかなその性格が、きっと Y 君の将来を輝かしいものにしてくれると先生は信じています。

謙虚で優しい父親と穏やかで聡明な母親に恵まれた Y 君は幸せ者です。
自分ひとりで合格ができたのではないですよ。

ご両親のサポートに感謝を忘れないでね♪

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■現役生からの報告 海城中学での1年間

Y 君が Kip に入塾したのは、小学4年の春でした。
以前ブログでも紹介しました。温厚で粘り強い性格です。
私立小学校に通学していましたので、往復2時間以上の通学時間と学校の宿題をするだけでも結構大変でした。
彼は、どんな状況でも愚痴や不平を言う子ではなかったので私たち塾講師にとっては、教えやすかった子の一人です。もちろん塾の宿題もたくさん出しました。遅々として学力が伸びない時には、何度もお母様と面談をして話合いましたが、父親が医師で、自分も同じ職業に就きたいという意志が強くあったので、めげることはありませんでした。
忍耐強く3年間勉強に励みました。

現在中学1年生ですが、学校の様子を聞いてみました。彼は物静かなタイプなので、余計そう感じたのかもしれませんが、
「周りの友達はとても優秀で、自己主張が強くアグレッシブな人が多いので、コミュニケーションをとるのが大変でした。」
このことを辛かったことのひとつにあげています。
周りの友人たちに圧倒されてしまったのでしょう。
社会など提出レポートが多く、要約力や記述力がないと大変だそうです。
Kip で学んだ要約力が生きているようですよ。

入学して楽しかったことは、ユニークな友達が多く、刺激的だそうです。
宿題は、計画的にこなしていけばついていけないこともないし、それほどハードではないと言っていました。

最後に、「学校の勉強も受験勉強よりは大変じゃない」(笑)ということでした。
海城を目指している人。少しは参考になったでしょうか?

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■早稲田実業中学 「言われたことは全部やったよ」

チャレンジ校であった早稲田実業中学に合格!
A 君が Kip に入塾したのは、5年生の4月でした。
転塾組のひとりでしたが、その理由は「塾での拘束時間が長すぎるということと、好きな算数の授業で、もっと先に進みたいのに授業の進度が遅くつまらない」と言うことでした。
当初の第一志望は、明大明治でした。好奇心が旺盛で、どんなことにも積極的に取り組む素直な生徒でした。Kip での授業や特訓、イベント等も楽しんでいました。Kip では、講習や特訓以外での長時間学習は実施していません。
短時間で集中して学習をさせることと、学習のモチベーションを上げることに力を注いできました。そのようにして、着実にひとりひとり学力を上げています。
1年くらいたった時の保護者面談で、早稲田中学にもチャレンジしたらどうですかとお話しました。彼の希望は大学附属の共学校でしたので、早稲田実業に決定しました。
早稲田中学の問題と比べ、早稲田実業の理科・算数は特殊でしたので過去問対策が大変でした。過去問は5周トライしました。
オーソドックスな問題は、ほぼクリアーできる子でしたが、早実の問題は知識だけでは解けない難問が多く、理科の担当や算数の担当講師も徹底的に彼をサポートしました。
彼の首都圏模試の平均偏差値は63でした。早稲田実業は首都圏模試では69です。(模試によって偏差値は変わります)

夏期講習以降の志望校対策(過去問対策)が功を奏したのだと思います。先生たちには、随分叱られることもありましたが、Kip での勉強を本当にエンジョイしていましたね。
最後までよく頑張ったね!

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■早稲田大学 文学部 英文科 「苦手科目を徹底して克服」

中学時代は英語が苦手でした。
高校生になって大学受験を意識するようになってから、このままではいけないと必死に勉強に励みました。単語力がないと、英文を読んでも意味が全く分からないのでまずは、単語の攻略から始めました。
性格的にコツコツ型ではないので、春休みの講習にあった単語特訓コースを受講して、センターレベルの単語を一気に覚えました。
単語がある程度できるようになると、学校の教科書も塾のテキストも理解できるようになり、少しずつ英語が楽しくなってきました。
高3の夏休みは夏期講習で、10時間以上の勉強に取り組みました。生涯にこんなに勉強したことはありません。

英語の苦手だった私が、まさか英文科に進むとは自分でも信じられません。
勉強が苦手でも、効率良く学習することでストレスがなくなります。高3の夏は勉強が面白くなってきて、がむしゃらにやっただけです。
苦しい時は、Kipの先生にアドバイスを受け、一緒に悩みを共有してもらったので気持ち的には楽でした。
とにかく、ひとつの科目を徹底して攻略することで自信がつき、他の科目もできるようになりました。

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■法政大学付属第2中学校 「偏差値が20も上がった!」

D 君が Kip に入塾したのは、5年生の9月でした。彼は大手塾に通っていましたが、成績が芳しくないことからお母様が相談にこられました。
Y 模試では、学力テストの偏差値の結果は31でした。
お母様は
『先生!この成績では中学受験は無理ですよね?』
「確かにこれでは、よほどご本人が必死で勉強をしなければ、中学受験は厳しいですね」

明朗で素直な彼は、まだまだあどけなさは残っているものの、お姉さんも中学受験をしたのだから、自分も頑張りたい。そういう思いで一杯でした。

今まで一斉授業で意味もわからなくても質問もできない状態で授業に参加していたようですから、基礎学力は全くありませんでした。Kip に転塾してからの初めの6か月くらいは、なかなか結果が数字には出て来ません。
模擬テストの結果を、堂々と拡げて友達と見せ合ったりすることもできない彼でした。
今まで必死に頑張ったことがなかっただけに、彼にとっては Kip での授業はとても楽しかったようで一生懸命についてきました。
理解できない単元はマンツーマンで教えました。
私たち Kip 講師は毎日授業が始まる前&授業終了後に、その日に塾にやってくる子どもたちひとりひとりのことを話合います。自分が担当していない科目であっても全員が情報を共有し合い、どう対応していくのかを議論しています。
D 君のことも徹底して話合い、学力アップの対策をたてていきました。

6年生になってからは、毎回の模擬テストで少しずつアップしてきました。
そのたびに先生たちに褒められたり、励まされたりしながら・・・彼の自信になっていったようです。

夏期講習での特訓後、偏差値が62まで伸びました。

彼は体操教室に通っているため、体操部の充実している中学校が第一志望でした。
ネットで彼の受験番号を見つけた時には、皆大喜びでした。
D 君!
合格まで良く頑張ったね。
これからも、一所懸命がんばろう!

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■都立中高一貫:桜修館 〜サッカーと受験勉強の狭間で〜

彼が Kip に入塾したのは 5 年生の春でした。塾には行った経験がなく、サッカー少年でした。
父親は将来、彼をサッカー選手にしたいという希望があり、すべての生活を最優先させてサッカー漬の毎日だったようです。
母親は、私立中学に受験させたいという思いが強く、サッカーは受験が終わるまではやめさせるという条件で入塾しました。

彼はサッカーはもちろん大好きなのですが、Kip での「らくらく読書」や国語・理科の授業にとても興味をもっていました。とても集中力があり、好奇心の強い子でした。潜在能力もあり、新しい知識をどんどん吸収していきました。
国学院久我山に行ってサッカーをしたいと漠然とは言っていましたが、学校のことは何もわからない状態でした。

6 年生の夏休み、120 時間にも及ぶ夏期講習&特訓に参加しているにも関わらず、半分以上はサッカーの練習や合宿に参加することになってしまいました。

そのたびに彼は両親との間・サッカーの監督と塾との間で板挟みになってしまい辛い思いをしていました。
それでも彼は、勉強がしたいと言って頑張り続けました。
『先生。僕はサッカーも好きだけど、今は受験勉強をして受験をしてみたいんだ』

私たちとしましても、どうしていいのか分からず、何度もお母様と話合いをもちましたが、結局、受験日の 3 か月ほど前に、突然、家庭の事情で私立受験を断念しなければならない状況になってしまいました。

彼の落ち込みようは、可哀想なくらいでした。勿論私たち講師も同じように苦しみました。

私立受験を断念しても、Kip は続けたということで通塾していましたが、学習へのモチベーションが一気に下がってしまいました。

受験という目標がなくなってしまいましたので、家庭でも、全く学習意欲がなくなってしまった息子の姿に、お母様からも相談を受けました。
ある時彼が私に、『先生!今まで受験勉強をしてきたので、どうしても受験をしてみたい』と言うのです。
自分の実力を試してみたい彼の気持ちは痛いほど伝わりました。

「それなら、都立中高一貫校を受験してみようか?」
この提案にご両親も賛成してくれました。

ということで、短い期間でしたが、作文の勉強に力をいれました。
最後に受けた都立中高一貫校の模試では、合格点はとれていませんでしたので、授業中に彼の弱点を何度も注意しました。

私立受験するための学習で、算国理社の力はある程度ついていましたので、桜修館独特の記述対策を徹底してやりました。持ち前の集中力の高さと吸収力の早さで、当日、彼は実力を発揮することができたのでしょう。

受験終了後、電話の向こうで、
「先生!ばっちりできたよ!!」

「それじゃあ 合格できちゃうね」

「うん。合格できる」
と自信ありげに笑いながら言っていました。

合格の報を受けた時、本当に嬉しかったです。ご両親も大喜びで、最後まで彼が諦めずにチャレンジできたことをとても喜んでくれました。
受験まで二転三転して苦しかったけれど、最後までチャレンジ精神を忘れずに頑張った結果です。彼は受験を通して、精神的にも大成長できました。
現在は大好きなサッカーを思う存分楽しんでいます。

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■私立普連土学園中学「勉強ジェット気流に乗れたよ」

今年の受験生 F さんが入塾したのは、昨年の5月でした。

某大手塾に通塾していましたが、受験の波に乗り遅れて体調を崩してしまい学習意欲を喪失してしまったそうです。塾を辞め、受験も諦め、毎日のんびりと過ごしていた時のことです。
Aさんが「ママ、やっぱり中学受験をしたい」と言ったそうです。
その子どものひとことがきっかけとなり新たに塾探しをしたそうです。

ご両親がネットで Kip をみつけもう一度わが子にチャンスを与えたいとうことでKipに通塾することになりました。
今までのようにお母様は口うるさく注意をすることを止めて見守る姿勢を徹底してくださいました。
彼女はとても明るく素直な女の子でした。決められたことには、一生懸命に取り組むタイプでしたので、なんとか自信を回復して受験を乗り越えてほしいと願っていました。
彼女は、お母様の心配をよそに、Kip の先生たちや友達とも楽しそうに勉強に励むようになりました。
スマイルマークのようにいつもニコニコしている F さん♪
半年あまりで偏差値が15上がりました。

受験直前の、11月 塾長講座で「勉強ジェット気流に乗って奇跡をおこそう!」という話をしました。
今からどうやって「勉強ジェット気流」に乗ることができるのかその方法を伝授しました。

私は、毎年受験直前にこの話をします。
「勉強ジェット気流」に乗るために、今日からは楽しいことはすべてやめて、勉強100%の生活に変えよう。
彼女は、そのために勉強一色の生活をしました。受験数日前に彼女から届いたメールです。

松本先生
素敵なお守りありがとうございます。

おかげで心強かったです。
私は毎日普連土の過去問を解いています。
先生から教えてもらった国語の解き方を生かしています。
あと、勉強ジェット気流に乗るように頑張ってきました。
あの話ありがとうございます。
2 月 1 日がんばってくるので、応援してください。
結果が分かったら連絡します。

2月1日の夜、喜びのお電話をいただきました。
お母様からもメールをいただきました。

「一度は諦め去年のちょうど今頃は、Aのやる気がなくなり・・・途方に暮れている時でした。
一年後にこんな嬉しいゴールを迎えることができたのも・・・・・・略
受験までの最後の 3 週間は、私も驚くほどの集中力で、普連土の過去問を解く後ろ姿はまるでスポーツをしているかのようでした」「スポーツをしているかのような」この後ろ姿は、まさにジェット気流に乗り、志望校目指してグングン突進している彼女そのものです。

私はこの後ろ姿に一番感動しました。
受験をするということは、ただ勉強をしていればいいということではありません。
ひとりひとりの異なる家庭環境があり乗り越えなければならない障害もそれぞれ様々です。

それを家族で乗り越えていく努力をし続けているからこそ本人も成長できるのだと思います。

私は受験の合否だけでなくそのプロセスがとても大切であると思っています。

数日後・・・略

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■青山学院大学 経済学部 「効率よく学習してすべて合格」

GMARCH&国立大を含め7校合格しました。キャンパスの雰囲気が華やかで楽しそうで・・・自宅からも近いので、青学に決めました。
両親は国立に行ってほしいようでしたが・・・。

私は初めから一般で受験する準備をしていました。
高校でも上位の成績を維持していましたので、推薦でも可能性は十分あったのですが面接がどうしても苦手でしたので筆記試験のみの一般受験を選択しました。

私の場合は、猛勉強をしたというよりは、Kipのカリキュラムを淡々とこなしただけです。
与えられたKipの教材を真面目に丁寧にやりました。
春夏冬の講習も全部参加しました。
歩みを止めると、ゼロに戻ってしまうのではないかという恐怖心がでて、たくさんは勉強することができないけれども、少しずつでも継続だけはしようと考えていました。
体も丈夫なので塾も休むことはありませんでした。そのことを先生たちに褒められたのが印象的です。

その結果、受験したすべての大学に合格することができました。
朝型学習や復習の仕方も、脳科学に沿ってやった分、効率よく学習ができたのではないかと思います。 U.K

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■海城中学 「ぼく、海城中学に合格します!」

海城に合格したA君は、小1から一緒に勉強をしています。
彼は私立小学校に在籍しています。
小 1 生の頃、学校の授業についていけずに、補習を受けさせられていることを大変に心配されて相談に来られました。

彼は、とても雑学が豊富で、ユニークな子でした。将来は科学者になりたいと言っていましたし、塾のイベントにも参加していました。
4年生の終わりぐらいまではグングンと学力が伸びました。ところが5年生の時に伸び悩みました。
自分をコントロールできず時々ヒスを起こすこともありました。調子の悪い時に教えるのは大変で、感情の起伏がもろに学力テストに影響しています。お母様はいつも悩んでいました。受験直前まで悩み続けていました。

ただ、勉強はよくしました。御三家レベルの学習をする人は、プライベートな時間は全くありません。もちろんテレビも見ている時間などありません。

受験の年の彼の年賀状には、「海城に合格します」と小さな字で一行書いてありました。
はじめて本音を文字に表したのだと思います。

彼は、よくスランプに陥っていました。本当にコミュニケーションをとるのが大変でしたが、彼自身が一番辛かったと思います。 大人から見れば些細なことでも、彼らはまだ12歳の子どもです。
彼らなりに、親に言えずに小さな胸を痛めています。

彼は、どんなことがあっても勉強を休まず、当然ですが宿題忘れなんて一度もありません。
できるとか、できないに拘わらず、坦々と学習を継続できることが武器になっていたとおもいます。
これは中学生も同じですが、学力の伸びる子、高い子の共通点でもあります。
学習の継続ができています。
大人に注意をされないと宿題ができないようでは受験生としては失格です。
彼は、「塾長講座」には出席できませんでしたのでFAX で「勉強ジェット気流に乗ろう」という原稿を送りました。(A4 サイズで6枚)とても真剣に読んでくれたそうです。
その話の最後にメッセージを添付しました。

「・・・A君は、気持ちがぶれるので、その時の心の状態が点数に大きく影響するんだよ。
受験にとって一番大事なことは、『心』の強さです。
周りのことに一喜一憂しないで何があっても冷静沈着に対応できるように努力をしていきましょう。

性格はなかなか変えられないので、努力をするのです。
ベストコンディションで海城の試験に臨めるように努力をしていきましょう。

今すぐに、『勉強ジェット気流に』に乗ってください。
そして、必ず奇跡をおこしてくださいね。

最後の5分まで自分を信じて、諦めないことだよ。
がんばれ〜〜!! A君〜!!! 」

彼は2月1日の受験では不合格でした。

でも、3日にも再チャレンジしました。
そして見事合格できたのです。
お母様は、「1週間ほどの受験期間で、地獄と天国の両方を味わいました」とおっしゃっていました。

みな、必死で努力をして受験に臨んでいるのです。だからこそ、成長もできるわけです。
それぞれ志望校も違いますので、おのずと一日の学習量にも開きがでてくることは否めません。
ただ、ひとたび受験を決めたからには、最後の1年間は勉強を最優先させて、一生懸命に努力をしてほしいと思います。
本気になって勉強に取り組んだ時に、その子の実力もついてくるのだと思います。
この1年間ご両親も一緒にサポートをお願いいたします。
そして、親子ともども大成長をして、受験日を迎えられることを心より願っております。

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